タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』#9
30代の女性が、ボーナスの80万円をどう投入するかで悩んで来た。月3万円の積立を始めて2年目、追加投入は今回が初めてだ。机に伏せた付箋には「時間分散」とメモがある。先日読んだ書籍に「まとまった資金は時間分散すべきだ」と書いてあった、と言う。私自身、毎月積立の客には「時間分散ですよ」と説明している。彼女の付箋を見て、その語の供給元はおそらく自分の業界の側だ、と思った。
「分散」が二度意味を変える——統計学の分散はリスク低減の用語で、独立した複数の資産を組み合わせると、同じ期待リターンのまま標準偏差が下がる効果を指す。株と債券、国内と海外、業種を分けるときに使う。ところが「時間分散」と並んだ瞬間、同じ「分散」は別の場所で働き始める。時間軸を分けたから平均購入単価が平らになる、という意味になる。一度目は統計用語、二度目は「分けたから安心」という心理用語。同じ字面が、同じ熟語のなかで意味を入れ替えている。すり替えはこの二度目で起きている。
ドルコスト平均法の正体——手元に投入可能な80万円が今ある場合、12ヶ月に分ける行為はリスクを下げているのではなく、市場参入を遅らせている。10ヶ月目に投入される予定の数万円は、それまで現金として待機している。市場が長期で右肩上がりだという前提に立つかぎり、待機期間ぶんだけ期待リターンを諦めている。市場が長期上昇する前提なら一括が常に有利、というのが検証論文の定説だ。
下落時に多く買えるという錯覚——「価格が下がったときに多く買える」という説明はよく出るが、上昇局面では後ろにいくほど少ない口数しか買えない。上がる相場と下がる相場で結果が逆になるのだから、これは「リスクが下がる」効果ではなく、相場次第で得たり損したりする話だ。リスク低減ではない。
本当の効用は別にある——彼女が今まで2年続けてきた毎月3万円の積立は、別の論理で擁護できる。給与から決まった額を機械的に出すのは、消費に流れる前に投資に回す習慣化の仕組みだ。さらに「タイミングを判断しなくていい」という判断回避の楽さもある。両方とも実用的な効用だが、どちらも「分散」という統計用語で説明する必要がない。「習慣化のための仕組みです」と私が客に言わないのは、その方が客が安心しないからだ。
彼女の80万円のほうの話——彼女のボーナスは「もう貯まっている資金」なので、習慣化は関係ない。残るのは判断回避だけだ。判断回避が目的なら、12ヶ月でなく2〜3ヶ月で済む。それでも12ヶ月に分けたい、と彼女が言うなら、それは数字の最適化ではなく、自分の決断の重さを軽くしたい、という別の要求になる。要求自体は否定しない。ただ、それは「時間分散」という統計用語の格を借りる必要のないものだ。
言い換えてみる——「ドルコスト平均法は時間分散だから安心」を、字面のすり替えを止めて書き直すと、「これはリスク分散ではなく、判断の先送りだ」になる。意味が萎んだように見える。萎んだぶんだけ、元の文が「分散」という語から借りていた、統計学的な権威の量がわかる。判断の先送りは恥ではない。ただ、それを統計用語で正当化する必要はない。
面談の最後、彼女は12ヶ月に分けると決めて帰った。決め手は数字ではなく、「下がったときに後悔しないほうがいい」だった。これは正しい理由だ。ただ、それを彼女が「時間分散だから」と言い直したとき、私はもう訂正しなかった。