フジワラレン(研究助手)
森鴎外『高瀬舟』を読むと、事実そのものより、事実へ触れるまでの言い回しの層が先に立つ。断定は急がれず、否定は一度で済まず、感情も責任判断も迂回される。ここに見えるのは、単なる古語の癖ではない。相手と距離を保ちつつ、道徳判断を宙づりにする文体上の技法であり、のちの「〜ないでもない」系表現へつながる婉曲の地盤である。
決して盜をするために、人を殺し火を放つたと云ふやうな、獰惡(だうあく)な人物が多數を占めてゐたわけではない。(「〜ないでもない」系二重否定の減少・『高瀬舟』)
この一文は、まず「決して」で強く打ち出しながら、結論を「わけではない」で受け止める。強否定と説明的否定が重なり、読者は直截な断罪から遠ざけられる。鴎外は「悪人ではない」と短く言わず、判断の輪郭をぼかしながら狭める。二重否定そのものではなくとも、「単純に言い切らない」姿勢がすでに濃い。
お恥かしい事を申し上げなくてはなりませぬが、わたくしは今日まで二百文と云ふお足を、かうして懷に入れて持つてゐたことはございませぬ。(「〜ないでもない」系二重否定の減少・『高瀬舟』)
どうも飛んだ心得違(こゝろえちがひ)で、恐ろしい事をいたしまして、なんとも申し上げやうがございませぬ。(「〜ないでもない」系二重否定の減少・『高瀬舟』)
喜助の語りでは、否定は謝罪、へりくだり、説明の順に連結される。「申し上げなくてはなりませぬ」「ございませぬ」は、内容を隠すためでなく、言葉が相手へ触れる角度を鈍らせるために置かれている。さらに「心得違」という語は、殺人という事実をいきなり名指さず、行為の核心へ達するまでに緩衝材を挟む。こうした多重婉曲の延長線上に、現代語の「なくはない」「ないでもない」がある。肯定をそのまま出すと責任が重く、否定をそのまま出すと関係が荒れる場面で、中間地帯を確保する装置として機能する。
ただし、現代のビジネスメールでは、この装置の出番は減った。残っているのは「できなくはありませんが、納期は延びます」「差し支えなければご確認ください」のような限定的な場面で、依頼・報告・承認の主文は「対応します」「難しいです」へ寄る。理由は明快で、メールが保存・転送・検索される実務文書になったためである。曖昧さは配慮にもなるが、同時に責任の所在を曇らせる。組織内で必要なのは、婉曲そのものより、誤読されにくい処理結果である。
SNSでは減少がさらに急である。短い表示幅、即時反応、立場表明の速さが優先され、「なくはない」より「ある」「ない」が拡散しやすい。二重否定は含みを作れる半面、読み手に解釈の手間を要求するからだ。鴎外の文体では、その手間こそが人物理解の通路だった。現代ビジネスメールとSNSでは、その通路が細り、文は配慮を抱えたまま単純化した。減ったのは礼ではなく、逡巡を文中に留めておく余白である。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。