エンドウサクラ(32歳・献血ルーム看護師10年)
採血の仕事を十年している。針も、駆血帯も、四百ミリの採血バッグも、病院にいた三年と同じものを使う。違うのは向きだ。病院では、その人の血をその人のために抜く。検査して、その人に返す。献血では、抜いた血はその人のところには戻らない。同じ手つきで、針の先だけが反対を向いている。
二〇一七年、献血ルームに移って一年目の春。初めて問診から採血まで一人で担当したのは、六十がらみの男性だった。問診のタブレットの質問に、彼は読みもせず指で答えていく。血圧は上が一三〇台、下も問題なし。指先を穿刺して比重法の硫酸銅液に一滴落とすと、血の粒はためらいなく底へ沈んだ。基準は十分に足りている。献血カードを機械に通すと、画面に回数が出た。一一二回。
どうして続けるんですか。喉まで出かかって、口が止まった。一週間前、別の先輩が献血者にそれを聞いて、相手が「いや、別に」と困った顔をしたのを、私はカウンターの内側から見ていた。動機の欄は、問診票にはない。聞かないことが手順に組み込まれているのだと、そのとき分かった。私は質問をのみ込んで、左腕を消毒した。
採血バッグはシーソーのような台に載って、ゆっくり前後に揺れ、血を抗凝固剤と混ぜていく。男性の左肘の内側には、何度も同じ場所を刺された者の、わずかに硬くなった皮膚があった。血管は太く、針はすっと入った。一一二回ぶんの腕だ、と思った。四百ミリが満ちるまで、彼は天井を見ていた。何も読まず、何も言わなかった。
絆創膏を巻いた腕を曲げて、男性は「ありがとう」と言って休憩スペースへ歩いていった。礼を言うのはこちらのはずだった。血をもらったのはこちらで、正確には、こちらですらない。私は誰か知らない人の代わりに、針を刺しただけだ。それでも彼は、針を刺した私に礼を言って帰った。その順序が、しばらく腑に落ちなかった。
それから十年、献血に来る人を見てきた。初めての高校生は、採血より問診で固まる。針を見ない子と、こわごわ見つめる子。終わると処遇品のコーナーで足が止まる。粉末の洗剤、個包装のラスク、保湿のハンドクリーム。あの男性は一一二回でこれをいくつ持ち帰ったのだろう、と毎回思う。休憩スペースの紙パックのジュースを、みんな水分補給だからと素直に飲む。りんごを選ぶ人が、いちばん多い。
あの男性がなぜ一一二回も来たのか、私は知らない。聞かなかったからだ。十年たっても、いちばん長く担当した常連の動機を、私はひとつも知らない。知らないまま、その人たちの腕に毎日針を刺している。四十分かけて四百ミリ。抜かれたそれが、誰のところへ運ばれたのかも、私は最後まで見届けない。