エンドウサクラ(32歳・献血ルーム看護師10年)
全血なら四十分で終わる。四百ミリを抜いて、絆創膏を巻いて、休憩して、帰る。けれど成分献血はそうはいかない。血漿で六十分、血小板なら九十分かかることもある。抜いた血を装置にかけ、必要な成分だけを分けて、残りはその人の体へ戻す。だから採血ベッドに横たわった人は、針を刺したまま、一時間半をそこで過ごすことになる。私はその、長いほうの時間のそばにいる仕事をしている。
成分採血の装置は、採血ベッドの脇で低い音を立てて回り続けている。遠心分離の音だ。血を取り込んでは分け、いらない分を返す。取り込み、分離、返血。このサイクルを、九十分のあいだに何度も繰り返す。返血のとき、自分の血が一度装置を巡って戻ってくる。「あったかいんですよね、戻るとき」と言った人がいた。一周してきた自分の血が、少しだけ体温を上げて腕に帰ってくる感じが、好きなのだと。
全血の人は腕の自由がきく。けれど成分献血は、採血している側の腕を動かせない。針が太く、サイクルのたびに圧がかかるからだ。だから九十分、利き腕でない側だけで過ごすことになる。ある常連の女性は、いつも返血の途中で喉が渇くと言って、けれど自分でストローには手が届かない。私が紙パックのストローを口元へ運ぶ。それは、たぶん看護の手順のどこにも書かれていない、けれど誰かがやらなければいけない、小さな仕事だった。
九十分をどう過ごすかは、人によってまるで違う。映画を一本、ちょうど見終えて帰る人がいる。イヤホンをして、目だけ動かして、エンドロールで針が抜ける。来たときから寝るつもりで毛布を頼む人もいる。採血ベッドのモニターは天井寄りの斜め上についていて、寝たまま見上げる角度になっている。テレビをつけてと言う人、消してと言う人。何もしない人も、けっこういる。窓の外でも見ているのか、ただ天井を見ているのか、九十分、本当に何もしない。
クエン酸ナトリウムのことは、必ず説明する。返血のときに使う抗凝固剤で、体の中のカルシウムを少し下げる。だから口の周りや指先がしびれることがある。「唇がピリピリしたら教えてくださいね」と毎回言う。しびれたらカルシウムの入った飲み物を出すか、サイクルを少しゆるめる。これは前もって言っておかないと、初めての人は自分の体に何が起きたのか分からなくて、不安になる。
成分献血は体への負担が軽い。赤血球を戻すぶん、回数を重ねられる。だから常連の比率がとても高い。半年で何度も同じ顔に会う。そういう人たちは、自分の腕のことを私よりよく知っている。「いつもの右腕でお願いします」と言う。左より右のほうが血管が出やすいのを、何十回ぶんの記憶で覚えている。血管の、指名だ。私はその指名に応えて、いつもの場所に針を入れる。
採血が終わっても、成分献血の人はすぐには帰れない。休憩の時間が全血より長くとってある。血を巡らせた直後だから、立ちくらみが起きやすい。だからジュースを飲んで、しばらく座っていてもらう。その休憩スペースで、さっき映画を見終えた人が、今度は何もせずに座っている。九十分のあいだ見ていた画面を、もう見ていない。ただ、自分の血が温まって戻ってきた腕を、絆創膏の上から軽く押さえている。
全血の四十分は、抜いて、帰る時間だ。けれど成分献血の九十分は、抜いて、分けて、戻して、また抜く時間だ。一度出ていった血が、温かくなって帰ってくる時間。その長い往復のそばで、私はストローを運び、毛布をかけ、唇のしびれを尋ねる。見返りのない九十分を選んでまで来る人の、その静かな善意こそ、いちばん長くて、いちばん静かな贈り物なのだと、私は思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。