「4%ルールで老後の出口戦略を」
——"出口"が生活を圧縮するとき

タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』#10(最終回)

退職五年前の男性が、ノートパソコンを開いて自作のExcelをこちらに向けた。シート名のタブに「出口戦略」と書かれている。「4%ルールで取り崩せば、95歳までもつ計算なんです」。最初の行に開始残高、次の列に年間引き出し額、最後の列に95歳の残高。数式は手入力で、関数の入れ子が深い。彼はそれを、面談の冒頭から五分で説明し終えた。

4%ルールの来歴——1994年、米国の投資顧問ウィリアム・ベンゲンが過去の市場データから導いた取り崩し率。退職時点の資産の4%を初年度に引き出し、以降はインフレ調整しながら同額を取り崩せば、30年は枯れない確率が高い。後にトリニティ大学の研究が同じ枠で再検証して、4%ルールという名前が定着した。日本で語られるとき、為替も税制も平均寿命も違うことは、たいてい省かれる。

「出口」という言葉——この男性が使った「出口戦略」は、もとは投資ファンドが保有銘柄を売り抜けるときの計画を指す業界語だ。ファンドには始点と終点がある。設立して、運用して、清算する。終点があるからこそ、出口を設計できる。生活には、設立も清算もない。あるのは生まれた日と死ぬ日だけで、後者は本人の手で日付を入れられない。

時間軸の終端——「出口」は、時間軸の終端を前提にする言葉だ。資産運用そのものに終端はない。終端があるのは、運用主体である人間の生活のほうだ。「出口戦略」と書く瞬間、生活は時間軸を持つ何かに変換される。始点と終点を持つ、輪郭のはっきりした何か。プロジェクト、と呼んでもいい。

プロジェクトに変換される生活——プロジェクトには予算がある、進捗がある、完了基準がある。生活には、予算はあるが進捗はないし、完了基準もない。にもかかわらず4%ルールのExcelを開くと、生活が予算と進捗と完了基準を持つ何かに見えてくる。95歳の残高セルに数字が立っているとき、その人の生活はそのセルに向かって進行している、という錯覚が生まれる。

確定値で計算される未来——4%ルールの計算は、平均寿命、運用利回り、生活費を、すべて確定値として入力する。実際にはどれも未来の不確定要素だ。にもかかわらず、確定値で計算しないと表が埋まらない。表が埋まらないと、面談の素材にならない。確定値で計算した瞬間、生活はExcelの行数に圧縮される。「95歳までもつ」と書かれた行に、95歳の誕生日に何をしているかは書かれていない。書かれていないのに、計算は完了している。

面談を終わらせる言葉——書きながら気づくが、私自身も面談で「出口戦略を一緒に考えましょう」と提案する。それが面談の終わり方として清潔だからだ。「あなたの生活には出口がありません」と告げると、その日の相談はもう終わらない。終わらせるための言葉として「出口」が必要なのは、客ではなく相談員のほうかもしれない。私は手数料を、面談一回につきいくら、で頂いている。

Excelの強度——男性のExcelに戻る。彼の数式は丁寧で、関数の入れ子に整理の癖が出ていた。リタイア前の最後の数年、毎晩このシートを開いて、列を増やしたり、率を変えたりして遊んでいるのだろう。私はそのシートに対して、計算が間違っているとも、正しいとも言わなかった。「95歳のセル、空欄でもいいかもしれませんね」とだけ言った。彼は少し黙って、保存ボタンに手をかけた。シートは閉じられたが、保存はされたかどうか、私からは見えなかった。

窓口を出るとき、自分のメモにも同じ表があることを思い出す。私のは取り崩し率3.5%で組んであり、95歳ではなく100歳までの欄がある。書いたときは安全率のつもりだったが、いま見直すと、それは私自身の面談を、もう少し長く終わらせないためのバッファだったかもしれない。半年に十人ほど、出口戦略のExcelを持って来る客がいる。私は彼らの行数を増やす側にも、減らす側にも、たぶん立っていない。十回続けたこの連載で、自分の窓口を十回ぶん見直した。次の客のシートが開かれるまで、机の上を片付ける。

——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。3稿を並置しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。原案:ハヤトイト「普通の人が資産運用で99点をとる方法」#41c。