第二稿(第一稿、研究室4人による建設的批判を経て書き直した版)
藤野真也、四十五歳。単身赴任で、名古屋、二年目。家族は東京。月に一度、週末に、東京に帰る。
火曜の夜、九時。会社から、帰る。地下鉄、鶴舞線、終点まで。マンションの三階、2DK。鍵を、開ける。
玄関の電気を、つける。スーツの上着を、ハンガーに、かける。ネクタイを、取る。
洗面所で、手を、洗う。
台所のテーブルに、コンビニの袋。帰り道で買った、味噌煮込みうどん、おにぎり一個、お茶のペットボトル。名古屋に来てから、味噌煮込みうどんは、よく買う。
うどんのカップに、お湯を、注ぐ。三分、待つ。
おにぎりのフィルムを、外す。
うどんが、できた。蓋を、開ける。湯気。
箸を、運ぶ。噛む。すする。
おにぎりを、ひと口。
食べた。十五分くらい、かかった。
スマホを、開く。妻からのLINE、なし。長男からのLINE、先週から、止まったまま。
スマホを、閉じる。
うどんのカップを、潰して、捨てる。
お茶のペットボトルを、洗って、リサイクルの箱に。
おにぎりのフィルムを、ゴミ袋に。
箸は、シンクに、置いた。明日の朝、洗う。
電気を、消す。ベッドに、横になる。
明日の予定を、ぼんやり、頭の中で並べる。朝、八時、出社。十時、会議。十二時、ランチ。午後、現場視察、岐阜まで。
眠る。
← 第一稿:火曜の、ひとり夕飯
← 研究室4人による建設的批判
← シリーズ目次に戻る
本作は『火曜の、ひとり夕飯』の第二稿。研究室メンバー4人の建設的批判を受けて書き直し。具体的な変更点:(1)結語のキメ「明日の夕飯も、たぶん、ひとりだ」を削除、「眠る」だけ、(2)「植木鉢は、ない。しまうものは、ない」の決め画とベランダのセクション全体を削除、(3)「食べる、食べる、食べる」のリフレインを「箸を、運ぶ。噛む。すする」の動作分割に、(4)「鏡には、四十五歳の顔が、映っている。剃り残しの、無精ひげ」のステレオタイプを完全削除、(5)名古屋の固有性を加える「地下鉄、鶴舞線、終点まで」「名古屋に来てから、味噌煮込みうどんは、よく買う」「午後、現場視察、岐阜まで」、(6)コンビニ弁当を「唐揚げ弁当・インスタント味噌汁」から「味噌煮込みうどん・おにぎり一個」に変更(名古屋の地理)、(7)テレビをつけて消す段、妻に「植木鉢」LINE のシークエンスを完全削除(家族との距離のシンボル装置を解体)、(8)家族との距離の3連続シンボル(Instagramのコメントなし、長女・長男・妻)を1つに圧縮「妻からのLINE、なし。長男からのLINE、先週から、止まったまま」、(9)「シンクの周りを、ふきんで、拭く。ふきんを、絞って、干す」の美化を「箸は、シンクに、置いた。明日の朝、洗う」の雑な描写に、(10)9セクションを6セクションに圧縮(自己紹介と九時の段を統合、テレビLINEセクション削除、ベランダ削除)。動作を藤野自身の単純な動作(食べる、片付ける、寝る)に集中させ、「ひとりであること」を構造で語らない。