活版の、宛名(第二稿)
機械の文字と手の文字が、同じ一枚に乗る日

フカクサアン(51歳・筆耕士29年)

その招待状は、宛名を書く前に、指が止まった。表を撫でると、文字の縁が引っかかる。文字が紙に乗っているのではなく、紙が文字の形に押し負けて、裏へ沈んでいる。本文の「壽」の一画ごとに、浅い谷がある。二十九年、私は刷り上がった封筒に名前を書いてきて、その封筒を誰が刷ったのかを、一度も訊いたことがなかった。式場の係に住所を教わって、川沿いの古い印刷所を訪ねた。

出てきたのは、ツヅラフミさんという人だった。五十六歳、活版三十四年。私は活字の組み方を知らず、ツヅラさんは宛名書きの値付けを知らなかった。私たちは互いの仕事を、ほとんど知らないまま向かい合った。

工房の壁一面が、活字の棚だった。木の枠が細かく仕切られ、升の一つ一つに同じ字の鉛が詰まっている。私は「壽」の升を探した。よく使う字の升は鉛が減って底の木が見えているのに、壽の升だけは、口まで鉛が満ちて指で押しても沈まなかった。婚礼でしか動かない字だ。ツヅラさんの指の腹は、爪の際まで鉛で黒かった。部屋の隅に足踏みの手キンがあって、踏み板を踏むと鉛が紙に圧をかける。あの凹みは、ここで生まれていた。

紙の話になった。私の毛筆は、墨がほどよくにじむ紙でないと線が死ぬ。にじまない紙では墨が弾かれてかすれる。活版は逆で、かたく締まった紙でないと、圧をかけたとき凹みがつぶれて文字の縁がぼやける。にじみと凹み。一枚の紙に、正反対のものを求めていた。ツヅラさんが一枚の隅に「壽」を試し刷りした。私はその横に、墨で一画引いた。墨はふちでわずかににじみ、活字の谷はつぶれていなかった。この紙なら、両方が立った。

本文に組まれた「壽」は、明朝だった。横画が細く縦画が太く、払いの先に小さな三角の山がある。私が宛名に書く「壽」は楷書で、筆の入りと抜きで一画ごとに太さが変わる。明朝の壽は左右が定規のように揃い、私の壽は一画ごとに太さが呼吸する。同じ字でありながら、骨格がまるで違う。一枚の招待状の上で、機械の壽と手の壽が出会う。

工程の順番を決めた。先にツヅラさんが本文を刷り、乾かし、断裁し、封筒に仕立てる。その束を私が受け取って、表に宛名を書く。私の毛筆が、いちばん最後に乗る。受け渡しの段ボールに刷り損じが紛れていないか、私が検めてから書く——そう約束した。

誤りのしまい方が違った。私の書き損じは、最初から書き直し、損じた紙は畳んで別の箱に入れる。捨てない。人の名前を書きかけた紙だからだ。ツヅラさんの刷り損じは、字が逆さに組まれていたり、込め物がずれて行が傾いたりする。彼はその版をばらし、鉛を一つずつ升へ戻す。私は紙を箱に残し、彼は字を棚に帰す。どちらも消さない。残す先が、紙か、棚か、それだけが違っていた。

刷り上がった束が、後日、私の手元に届いた。一通取って、まず本文の凹みを指で確かめ、硯に向かう。明朝で沈んだ壽の上に、楷書の名前を乗せる。来週も別の式の束が届く。ツヅラさんが刷り、私が書く。さっき一本、電話を入れたところだ。「お宛名のこの方、点が一つですか、二つですか」。受話器の向こうで、少し驚いてから、確かめて答えてくれる。私の仕事は、いつもこの一言から始まる。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。