地震の後の、点検
震度四の夜、市内のかごを一台ずつ起こして回る

フカミサトル(44歳・エレベーター保守点検員20年)

揺れたのは午後九時すぎだった。テーブルのコップが鳴って、私はまず自分の足元を確かめ、それから天井の照明を見上げた。窓の外で、街がいっせいに息を止めたような気がした。震度四。私の住む市はそれくらいで済んだ。けれど、私の頭の中ではもう、別の音が鳴りはじめていた。担当しているビルのエレベーターが、いま一台残らず止まったのだ、という音が。

一定以上の揺れを検知すると、エレベーターは地震時管制運転に入る。昇降路の底に置かれた検知器が、初期微動のPガルと、主要動のSガルを別々に拾う。Pガルが先に来て予備指令が出ると、かごは最寄りの階に向かい、戸を開けて人を降ろし、そこで運転をやめる。続いてSガルが基準を超えれば、自動で復旧はしない。落ちてきたのは、機械が安全のために自分で自分を止めた、その静けさだ。そして止まった機械を起こすのは、機械ではない。

携帯が鳴りはじめた。会社の当番から、保守契約のビルのリストが回ってくる。地震のあと、止まったかごは現地で人が一台ずつ「リセット」をかけないと動かない。私はリセットキーの束をポケットで確かめ、車に乗った。カーラジオが震源と各地の震度を読み上げている。その声を聞きながら、私は頭の中で回る順番を組み立てていた。どのかごから起こすか。それを決めるのも、この仕事だ。

順番には決まりがある。まず閉じ込めの有無。人がかごに残っているという通報があれば、何をおいてもそこへ行く。次に病院。透析の患者さんや、上の階の病室と検査室を行き来する車椅子のことを思えば、止まったエレベーターは命の動線が切れたということだ。それから高層の建物。二十階を超えるマンションで、非常階段だけが残された夜のことを、私は何度も想像してきた。閉じ込め、病院、高層——優先順位は、つまるところ、一番困っている人から起こしていく、ということに尽きるのだと思う。

最初に向かったのは、いつもの総合病院だった。夜間通用口の警備員さんとは顔なじみで、私が車を停めると、もう鍵を持って待っていてくれた。「揺れたねえ」「揺れましたね」。それだけで十分だった。機械室へ走り、制御盤の地震感知のランプが点いているのを確かめ、異常表示がほかに出ていないことを見て、リセットキーを差して回す。かごをゆっくり一往復させ、着床と戸開を確かめる。動かしてよし。作業そのものは、ものの数分だ。長いのは、次のビルまでの道のりのほうだ。

夜の道を走りながら、私はこの仕事の奇妙さを思っていた。社会のあちこちで止まってしまった部分を、私はいま、一つずつ手で押して、もう一度動きはじめさせている。止まった都市を、ひとつずつ再起動して回る——そんな大げさな言葉が、運転席で勝手に浮かんでくる。ラジオはもう地震のニュースから天気予報に戻っていて、明日は晴れだと言っていた。

三軒目は、エレベーターのない側から入る古い雑居ビルだった。管理人はおらず、夜間連絡先の不動産屋に電話をして、暗証番号を聞いて入る。非常階段を七階まで上がった。一段、また一段。数えるともなく数えて、たしか九十段ほどあったように思う。息が上がる。普段はかごで十数秒の高さを、自分の脚で上がっていると、人を運ぶというのがどれだけの仕事なのか、足の裏から分かる気がした。機械室でキーを回し、かごを起こした。この一台が、明日の朝にはまた何十人を運ぶ。

点検報告の様式に、私は一台ごとに記入していく。日付、時刻、地震時管制運転の作動、感知器のリセット、試運転の結果、異常の有無。判で押したような欄を、判で押すように埋めていく。けれど、その「異常なし」の一行の裏に、警備員さんの「揺れたねえ」も、九十段の階段も、運転席でラジオを聞いた時間も、何も残らない。様式は、私が何台を起こしたかは記録するが、私がどんな夜を走ったかは記録しない。

最後のかごを起こし終えたのは、空が白みかける頃だった。市内の、私の受け持ちのエレベーターは、これで全部また動いている。誰も乗っていないかごが、それぞれのビルでまた人を待っている。社会が止まったとき、それを一台ずつ起こして回るこの仕事を、私はやはり誇りに思う。人を運ぶ機械を、もう一度人のために動かす——それが、二十年やってきた私の仕事なのだと、白んでいく空を見ながら、あらためて思った。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。