フリヤゴロウ(49歳・冷凍設備のサービスマン27年)
朝の七時半に電話が鳴った。市内の生麩屋だ。「冷えが甘い」と、それだけ言って店主は黙った。冷えが甘い、という言い方を、私は冷凍設備のサービスマンとして二十七年聞いてきたが、生ものの店の「甘い」には、いつも余計な水気が混じっている。スーパーの冷凍ケースが甘いのとは、声の急ぎ方が違う。私たちのような縁の下の仕事は、こういう一本の電話で一日が決まる。
着くと、店は仕込みの真っ最中だった。売り場は小さい。間口二間ほど。だが奥の厨房は売り場の何倍も働いていた。蒸籠から湯気が立ち、洗い場では水が出しっぱなしになっている。生麩は、小麦粉を水の中で何度も洗って、でんぷんを流し、グルテンだけを残して作る。だから店じゅうが水気で満ちている。問題の業務用冷蔵庫は、その厨房の奥にあった。
扉を開ける前に、外から見た。先輩に教わったとおりだ。庫体の天面に、薄く汗をかいている。水気の多い厨房に置かれた冷蔵庫は、結露の癖がある。庫内ではなく、庫外の表面に露がつく。庫内の冷気が足りていないのではなく、外の湿気を冷たい鉄が呼んでいるのかもしれない、とも思った。とはいえ断定はできない。庫内温度計を見ると、設定より四度ほど高いところで止まっていた。
店主のとなりで、もう一人、手を止めて機械を見ている人がいた。カスガトモエさんといって、ここの生麩を二十五年作ってきた職人だという。Y Lab の書き手仲間でもある人だ。カスガさんは蒸し上がったばかりの麩の置き場を気にしていた。「冷蔵庫が直るまで、これをどこに置けばいいかしらね」。蒸籠から出した麩は、粗熱を取ってから冷やさないと、表面が荒れる。だが厨房に長く出しておけば、生ものだから傷む。置き場の確保が、修理と同じくらい切実な相談だった。
裏に回って凝縮器を見た。生麩屋の厨房らしく、フィンの目に粉と埃が練り固まったものが詰まっていた。水気のある粉塵は、乾いた埃より厄介で、洗っても簡単には落ちない。熱を捨てる側が目詰まりすれば、冷えが甘くなるのは道理だ。圧力計をつないだ。高圧側の針が上がりすぎている。やはり凝縮器だ。念のため低圧側も見たが、冷媒は足りていた。ガスを抜く必要はない。凝縮器の掃除で戻せる見込みだった。
店は営業中だった。止めれば仕込みが止まる。だから一度に全部は止められない。私はカスガさんと店主に、段取りを話した。コンプレッサーを十分だけ落として凝縮器を洗い、その間だけ蒸し上がった麩を保冷剤の箱に逃がす。十分なら、庫内の温度はそう上がらない。営業中に直すというのは、こういう時間の切り売りの算段なのだ。職人は黙ってうなずいて、麩を移す箱をすぐに用意した。
凝縮器を洗いながら、立ち話になった。カスガさんは「うちは、その日の分しか作らないんですよ」と言った。生麩は日持ちしない。朝作って、その日に売り切る。「だから、この冷蔵庫が止まると、今日の分が全部だめになる」。私は針を見ながら聞いていた。凍らせる機械にも持ち時間がある。霜が育ち、目が詰まり、いつか止まる。手を入れずに放っておけば、機械の側にも終わりが来る。生ものの持ち時間と、機械の持ち時間。二つの時計が、この厨房で同じ速さで進んでいるようだった。
掃除を終えてコンプレッサーを戻し、試運転に入った。庫内温度計の数字が、ゆっくり落ちはじめる。四度高かったものが、三度、二度と下がっていく。その数分のあいだ、カスガさんは保冷箱の麩を一つずつ取り出して、もとの段に戻していた。指の動きに迷いがなかった。麩の向き、間の取り方、重ねない置き方。職人の手が、機械の回復を待つあいだも止まっていなかった。数字が設定値に届いたとき、店主が小さく息をついた。
帰り際、カスガさんがその日の麩を一包み持たせてくれた。笹に包まれた、まだ少し温みの残る包みだった。「今日の分です」と言われて、私はそれを工具箱の助手席側に置いた。冷えが甘い、という朝の一本の電話から、麩の包み一つまで。考えてみれば私の仕事は、生ものの持ち時間を預かる人の、その時間を支える仕事なのだ。誰かの一日が傷まないように、私は今日も機械の側の時間を直している。縁の下の、静かな仕事だと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。