マイナス25度の、中
寒さが商品である場所で、機械を直す

フリヤゴロウ(49歳・冷凍設備のサービスマン27年)

冷凍設備のサービスマンを二十七年やっている。凍らせる機械を直す仕事だ。修理の現場には、機械の外で直すものと、機械の中に入って直すものとがある。冷凍倉庫の冷却機が止まれば、私はその「中」に入っていく。マイナス二十五度の世界へ、極寒に挑む男のように、装備を固めて踏み込んでいくのだ。

入庫の前に、まず体を着込む。肌着の上に中綿の防寒着、その上に倉庫が貸す銀色の防寒服を重ねる。足は安全靴の中に厚い靴下を二枚。頭はフードを目深に、首はネックウォーマーで塞ぐ。手は、薄い手袋の上に厚い手袋を重ねる二枚重ねだ。それでも、マイナス二十五度の中にいられるのは三十分が限界だと言われている。三十分を過ぎると、指の感覚から先に消えていく。だから私は時計を見ながら、三十分で一度外に出る段取りで作業を組む。寒さとは、戦わない。やり過ごすものなのだと思う。

中で怖いのは、金属だ。マイナス二十五度の金属に素手で触れれば、皮膚の水分が瞬時に凍って張りつく。凍着というやつだ。剥がそうとすれば皮が持っていかれる。だから工具は、素手では握らない。スパナもドライバーも、薄い手袋ごしに持つ。冷えた鉄に長く触れる作業のときは、工具の柄に布テープを巻いておく。金属がじかに肌へ来ないように、いつもひと枚はさんでおくのが、この現場の作法だ。

倉庫の天井を見上げると、霜が育っている。扉が開くたびに、外の湿った空気がわずかに入り込む。その湿気が、いちばん冷たい天井で凍りつく。一日に何度も開け閉めされる扉の近くほど、天井の霜は厚い。霜は静かに、しかし確実に成長して、やがて庇のように垂れ下がってくる。冷凍倉庫の天井は、人の出入りが書き込まれた記録なのかもしれない。

低温の中では、機械そのものの癖も変わる。常温なら滑らかに動く油が、マイナス二十五度では水あめのように粘る。ボルトを締めるトルクの感触が、外と違う。金属は縮んでいるから、常温で合っていた寸法が、ここではわずかに詰まっている。だから私は、外でやるのと同じ手順を、ここではやらない。締める前に部品を少し手で温め、油の粘りを見て、縮みぶんを頭に入れてから工具をかける。同じ機械でも、温度が変われば、直し方の作法が変わる。

倉庫は、私が直している間も止まらない。フォークリフトが冷気の通路を行き交い、パレットを運び出していく。物流は、私の都合では止まらないのだ。私は彼らの動線を塞がない場所に工具箱を置き、リフトが通るたびに体を寄せる。冷却機を一時的に止めて部品を換えるときも、庫内温度が上がりきる前に終わらせる段取りを先に決めておく。止めない、を前提に動く。それが、寒さが商品である場所の流儀だと言ってもいい。

三十分の作業を終えて扉を出ると、最初に眼鏡が真っ白に曇る。冷えきったレンズに、外の暖かく湿った空気がいっせいに結露する。私はしばらく、何も見えないまま立っている。曇りが引いて視界が戻るまで、たぶん数分。その数分は、体がマイナス二十五度から戻ってくる時間でもある。指の感覚が戻り、こわばった頬がゆるむ。私は曇った眼鏡を外し、防寒着の袖で拭いて、また待つ。

寒さの中で、寒さと戦わないこと。それが、冷凍倉庫の中で機械を直す仕事の流儀なのだ。寒さは敵ではなく、その倉庫が売っている商品だ。私はその商品を壊さないように、止めないように、三十分ずつ中へ入っては出てくる。曇った眼鏡の向こうで、倉庫は今日も、マイナス二十五度を保っている。それでいい。私はまた、装備を着込んで、中へ入っていく。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。