フセアカリ(26歳・ネイリスト6年)
客の手だけを、二時間見続ける仕事をしている。サロンの照明が手元を柔らかく照らす中で、私はずっと、誰かの指先一センチ四方を見ている。顔はほとんど見ない。声は聞こえるけれど、目は手にある。六年やって、私の世界はだいたい、指先の大きさになった。
月に一度来る客がいる。前回ジェルを乗せてから四週間、その爪はずっとその人の生活の中にあった。だから来店したとき、爪の根元には、新しく伸びた素の爪が顔を出している。だいたい四ミリ。一日に〇・一ミリ強伸びるから、四週間でちょうどそのくらいになる。その四ミリに、四週間が記録されている。
私はまずジェルオフのマシンをかける。古いカラーを削っていくと、根元の素の爪があらわになる。そこを見るのが、いちばん最初の仕事だ。欠けの位置。利き手とは反対の親指がよく欠ける人は、たぶん右手で重いものを持ち、左で支える人だ。白い点。二枚爪。甘皮の荒れ。噛んだ痕。何も言わなくても、四ミリが先にしゃべっている。
あるとき、月一の客が言った。「最近ゆっくりしてるんですよ」。私は「いいですね」と答えながら、その人の甘皮を見ていた。ささくれて、根元が白く乾いて、人差し指の側面に小さな噛み痕があった。ゆっくりしている人の指ではなかった。たぶん、と思う。私の見方が正しいとは限らないのかもしれない。でも、四ミリはそう言っていた。
そういうとき、私は何も言わない。「お疲れみたいですね」とも、「噛んでます?」とも言わない。客が口で語る四週間と、爪に記録された四週間が食い違っていても、それを指摘するのは私の仕事ではない。プッシャーで甘皮を押し上げ、ファイルの番手を一八〇グリットから上げていって、形を整える。矛盾は、整える。
一年目のころは、それがうまくできなかった。爪が読めてしまうのに、何も言えない。カラーチャートを差し出して「今日はどの色にしますか」と訊きながら、本当はこの人にいま必要なのは色じゃない気がして、苦しかった。先輩に言ったら、「私たちは手を借りてるだけだから」と言われた。施術中、客は私に手をあずける。あずけられた手のことを、勝手に語ってはいけない。
四ミリを見て、四週間を読んで、それでも黙って、新しい色を乗せる。乾いていた甘皮にオイルをすり込み、ボロボロだった根元に、また四週間ぶんの余白をつくる。次回予約は、四週間後。その人はまた、新しい四ミリを連れて戻ってくる。そのとき私は、前の四週間がどうだったかを、もう知っている。
六年が経った。私はいまでも、人の手を見ると、つい根元を探してしまう。電車で、レジで、知らない人の指先の四ミリを読んでしまう。読んで、黙る。あの一年目に覚えた「読むけれど言わない」が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。指先一センチ四方の世界で、私は今日も、誰かの四週間を、そっと整えている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。