ワタナベ(65歳、元会社員、名古屋在住)
玄関のドアを開けた途端、冷気が肌に触れた。五月の終わりだというのに、妙に冷える日だった。郵便受けを覗くと、薄い紙が一枚、挟まっている。いつもと同じ、宅配便の不在通知だ。
手に取ると、白い紙の左上には見慣れたロゴマーク。視線を下へ滑らせると、太いゴシック体で「ご不在のため、お持ち帰りいたしました」と印刷されている。ここまではいつものこと。だが、その下に、青いボールペンで流れるような文字が添えられていた。
「明日午前中、再配達いたします。お受け取りいただけたら幸いです。」
句読点の「。」は小さく、しかししっかりとした点だった。インクの濃淡が、筆圧の強さを物語っている。配達員がこの一枚一枚に、ほんの少しの手間と心遣いを加えているのが伝わってくるようだった。
三十年前の不在通知を思い出す。あの頃は、ただの事務的な紙切れだった。再配達の希望日時を自分で書き込み、電話で連絡する。手書きの欄などなく、ひたすら機械的な文字が並ぶだけ。それがいつの間にか、この手書きの一行が標準になった。いつからだろうか。
同じ配達員のものだろう、以前の不在通知をいくつか引っ張り出してみた。別の配達員の分も混じっている。あるものは筆跡が太く、あるものは細い。青いインクもあれば、黒いインクもある。末尾の記号も様々だ。この一枚には「幸いです。」とあったが、別の紙には「ご連絡くださいませ!」と感嘆符がついていた。
「お客様」と丁寧に書く人もいるし、「ご利用ありがとうございます」と、少し砕けた言葉を選ぶ人もいる。それぞれの一行から、配達員たちの個性がにじみ出ている。たった一行の文字に、その人なりの気配りや性格が宿っている。それは、印刷された文字からは決して伝わってこないものだ。
廊下の電気を消し、不在通知を食卓に置いた。明日の午前中、再びこの家を訪れるであろうその人が、どんな表情をしているか、想像してみる。もしかしたら、また別の手書きの一行が、次回の通知に添えられるのかもしれない。
ワタナベは、小さく息を吐いた。夜の帳が、ゆっくりと窓の外に降りていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。