水の、階段(第二稿)
閘門担当になった年、水の速さを覚えるまで

ハバキリョウ(49歳・閘門の操作員25年)

閘門は、水位の違う川と運河のあいだに置かれた、水の階段だ。前後に二枚の扉があり、その間の閘室に船を入れる。注水か排水で閘室の水位を上げ下げして、船を次の水面へ送り出す。水位差は三メートル四十。満たすのに、ふつう八分かける。私はこの数字の中で二十五年、扉を開け閉めしてきた。

二〇〇一年、二十四で河川管理の事務所に入り、閘門の担当になった。最初に教わったのはバルブだった。回せば閘室の底から水が入り、水が増えれば船は持ち上がる。理屈は子どもにもわかる。わからなかったのは、開度だった。どこまで開ければ何分で満ちるか、その手の角度を、誰も数字では教えてくれなかった。

配属されて間もない日、私はバルブを大きく開けた。八分を五分にできると思った。閘室の水が一気に立ち上がり、砂利運搬船がぐらりと傾いた。船首をつないだ綱が、びんと張って鳴った。無線が割れた。「上げすぎだっ、止めろ」。私はバルブを戻した。半分まで。それでも綱は、しばらく鳴き続けた。

そばにいた先輩が言った。「閘門は急かすな。水は急に動かすと暴れる。船頭の顔を見て、水の速さを決めろ」。それだけだった。私は無線のスピーカーと、水位計の針と、閘室の船首を、その日から一度に見るようになった。

砂利船の船頭は、たいてい無線が短い。「入った」「出る」。それだけで、あとは黙って沈んでいる。あの日怒鳴った男も、翌週には何も言わずに入ってきて、何も言わずに出ていった。屋形船のときは、無線の向こうから宴会の手拍子が聞こえる。揺らすと苦情になるから、開度を落として、八分を十分にかけて上げる。船の重さは、針の上がり方で読める。同じ開度でも、重い船は針がゆっくり動く。やがて私は、針を見る前に、無線の一声で開度を決めるようになった。

水を抜いた閘室に、年に何度か降りる。扉の蝶番には藻が生え、貝が付く。水の中で動く扉の宿命で、こそげても、また付く。私は鉄のへらで、蝶番の貝を落とす。冷たくて、ぬるりとして、力を入れると殻が割れる音がする。船の来ない冬の日の、誰も見ていない作業だ。閘門のひとつは百年前の煉瓦で組まれていて、目地の一か所から、いつも水が滲む。私はその滲みが昨日より広がっていないかを、降りるたびに確かめる。

渇水の年は、川の側がやせて、水位差が三メートル四十が四メートルを超える。満たすのに八分が十二分かかる。船を待たせ、私は針を見ながら、開度を一目盛ずつ足していく。一気に開ければ、二十五年前の綱がまた鳴る。だから足さない。水は、待てば応える。それを私は、メーターではなく、戻したバルブの手の角度で覚えている。

二十五年で送り出した船は数え切れない。一隻ずつは覚えていない。覚えているのは、最初に綱を鳴らした砂利船と、「上げすぎだっ、止めろ」という割れた声だ。水位計の針は、今日も三メートル四十に向かって、ゆっくり上がっていく。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。