台風の、全開(第二稿)
船を通す扉が、水を通す扉になる数日

ハバキリョウ(49歳・閘門の操作員25年)

船を入れる日は、二枚の扉を閉めて、閘室にためた水で船を昇り降りさせる。八分かけて三メートル四十を満たす。台風の日は、その逆をやる。二枚とも全開にして、川の水を、ためずに、まっすぐ下流へ通す。同じ二枚の扉を、私は、ためる側にも、流す側にも開ける。

台風の前、河川事務所から数字が届く。上流のダムが何時から毎秒何トン放流する、という連絡だ。その放流は、すぐには来ない。この閘門の水位になって現れるのは、四時間あとだ。私は紙に、放流開始の時刻と、四時間足した時刻を書く。下に、上下流の水位計の数字を、十分おきに書き足していく。台風の夜の私の仕事は、風と雨ではなく、この紙の上の足し算でできている。

通船を止める一線は、上流の水位が一メートル八十だ。私が決めたのではない。私の二代前の操作員が、扉が水圧で軋みはじめる高さを記録に残し、そこから二十センチ引いた数字だ。一メートル八十を超えたら、船より水を先に通す。私は水位計がその目盛りに触れるのを待って、通船中止を無線で流し、二枚の扉を全開のピンまで開け切る。八分の注水とは逆に、ここでは水を止めない。

扉を開ける前に、係留船へ知らせて回る。たいていの船主は、すでに舫いを足している。連絡がつかないのは、今年も一艘。三号桟橋の古い漁船で、持ち主の老人が去年から施設に入り、息子は遠くにいて電話に出ない。私はその船の舫いを、自分の手でもう一本足す。増水で綱が切れれば、この船は橋脚にぶつかる。私が結んだ綱が、台風の三日間、誰のものでもない船を、岸につなぎとめる。

夜半、水がいちばん高くなる。私は詰所の窓から水位計を見ている。数字が、十分ごとに上がる。やがて、ある時刻を境に、二回続けて同じ数字が並ぶ。止まった。そこからは下がるだけだ。私は、ほっとする。それだけだ。台風が過ぎても、ダムは放流を続けるから、水位がもとに戻るのは、翌日の昼になる。私は紙の足し算を、まだ続ける。

水が引くと、扉の前に漂流物が残る。木の枝、ペットボトル、発泡スチロール——そういうものは竿で寄せて網ですくえばいい。今年やっかいだったのは、物干し竿が一本、三号扉の蝶番に斜めに突き刺さって、抜けなかったことだ。水の勢いで打ち込まれたのか、引いても回しても動かない。私は長靴で水に入り、竿の根元を足で踏んで、上下に揺すり続けた。抜けるのに二十分かかった。アルミの竿は、蝶番の鉄で、真ん中がくの字に曲がっていた。

漂流物を片づけ終えて、私は二枚の扉を閉める。閘室に水をためて、もとの水の階段に戻す。通船中止を解いて、最初の一艘を迎え入れる。屋形船が、何ごともなかったように、ゆっくり閘室に入ってくる。私はバルブを、いつもの開度に戻す。水位計の針が、三メートル四十に向かって、ゆっくり上がっていく。曲がった物干し竿は、回収のバケツに突っ込んだまま、まだ詰所の隅に立てかけてある。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。