空の、閘室(第二稿)
水を抜いた数日、底に降りて見るもの

ハバキリョウ(49歳・閘門の操作員25年)

数年に一度、閘室の水を抜く。ドライアップという。前後の二枚の扉を閉め切り、底のバルブから水を落として、ふだん水面下にある壁と床を出す。船を昇り降りさせる水の階段から、水のほうを抜く数日だ。

バルブを全開にしても、底の泥が水を抱えて離さない。一日では抜けきらない。私はポンプを足さず、待つ。急いで掻き出すと泥が舞って、床の傷も目地も見えなくなる。二日目の朝、泥は重みで締まって、水を上に吐き出している。長靴で降りると、足はすねの半ばまで沈む。泥は腐った藻と、川の鉄の匂いがする。今年は去年より深い。匂いで、たまった年数がわかる。

壁に、水位の線が帯になって残っている。いちばん上の細い線は、二〇一三年の大雨の満水だ。指三本ぶん下の濃い帯が、ふだんの水位。そこを境に、上の煉瓦は灰色に乾き、下は緑黒く濡れて、触ると指に藻が付く。境目は、ちょうど私の鎖骨のあたりにある。ここを、毎日、水が行き来していた。

底からは、いろいろ出る。今年は自転車が二台。一台はサドルがなく、フレームに藻が巻きついて、緑の毛が生えていた。サッカーボールが一つ、半分埋まっていた。財布も出た。革は水を吸ってふくれ、開けると川の匂いがした。中に千円札が三枚、ちぎれて溶けかけ、十円玉が四枚、黒く錆びて貼りついていた。落とし主はもう取りには来ない。私はバケツに入れる。

戸当たりのゴムを指で押す。新しいうちは弾き返すが、古いと、押した形にへこんだまま戻らない。三番扉の一枚は、真ん中が裂けて、めくれていた。これだ。閉めても水位が落ちる閘室があって、原因を探していた。ここから漏れていた。私は裂け目に白い印をつけ、交換と寸法を書きとめる。原因が手の中にあると、ようやく断定できる。

水の中で動く扉には、貝と藻が層になって付いている。蝶番のまわりは白い殻が盛り上がり、鉄の地肌が見えない。私は鉄のへらでこそげる。殻が割れ、藻がぬめる。冬の作業と手は同じだ。違うのは、今は床の目地まで全部見えること。こそげた殻は、半日でバケツに二杯になった。これだけの貝が、暗い水の中で扉にしがみついていた。

点検のあいだ、船は通れない。前もって運航会社に期間を知らせ、迂回の経路を案内する。砂利船の会社からは「別の閘門を回ると半日よけいにかかる」と返事が来た。私は日程を一日詰める案を送り返す。それでも半日は減らない。船を止めてでも底を見る数日は、こうして誰かの半日と引き換えに作っている。

最終日、水を戻す。底のバルブを閉め、注水のバルブを開ける。泥の上に水が広がり、財布が、ゴムの裂け目が、鎖骨の高さの境目が、下から順に沈んでいく。さっきまで歩いていた床が、足の届かない深さに戻る。緑の毛の自転車が、最後に水面の下へ消えた。水が満ちきると、閘室はもとの、ただの水の入れ物になる。明日からまた、私は表面だけを見て扉を開け閉めする。底に何が沈んでいるかを知っているのは、もう私だけだ。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。