母の「もう運用はしない歳でしょ」
——リスク許容度を測れない夜

タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金のことば、家に入る — 家計アドバイザーの、十の夜』#2
生成日: 2026-05-01

梅雨の日曜、車で一時間ほど走って実家に行った。妻と二人で、傘の持ち手をひと束にして玄関に立てた。父は録画したナイター中継を観ていて、母が台所から出てきて、いつもの茶碗で昼食を出した。食べ終わって茶を入れ替えたあと、母が「先週、銀行から信託の話があってね、断ったのよ」と言った。商品名は出なかった。

母の言いまわし——母は続けて、「もう運用はしない歳でしょ」と笑った。湯飲みに口をつける前にいったん持ち上げて、また置いた。私は自分の湯飲みも置いた。父はテレビの方を見ていて、こちらの会話には入ってこなかった。妻は「そうですよね」と短く合わせて、私の隣でハンカチをたたんでいた。

職場の言いまわし——私は職場で若手に「年齢でリスク許容度を決めるな」と教えている。76歳でも、健康と認知が許せば運用期間は20年弱見込める、インデックス積立は今からでも遅くない、五択十問の質問票は本当の許容度を測れない、と。先週も若手の一人にそう言ったばかりだ。月曜の朝、また同じことを言うつもりでいる。

同じ語が二つの場で違って働く——「リスク許容度」という語が、職場では「年齢で決めるな」の旗の下にある。実家の卓では、その語を旗ごと持ち込めない。母が言っているのは、リスク許容度の議論ではない。母は「もう何かを始めない」と言っている。何かを始めない、という決断は、たぶん、五択十問のどの欄にも入らない。

頭の中で動きかけたシート——私の頭は、もう動きかけていた。母の年齢、想定余命、健康状態、認知の心配の度合い、月々の年金、父の医療費の予測。職場のシートと同じ列順で、自動的に並びかけた。並びかけた瞬間に、自分が母を客の席に座らせかけたことに気づいた。冷蔵庫が一度カチッと鳴った。

「断って正解」も滑る——もう一つ気づいたことがある。職業的には、高齢者向けの信託商品は不適切販売の典型例で、「断って正解」と言える。だが母は、商品の中身を吟味して断ったのではない。運用そのものから降りた、と言っている。私が「断って正解です」と職業の言葉で承認すると、母の「降りる」は「いい買い物をしなかった」という別の物語に置き換わってしまう。それは商品の話ではない母の文脈を、商品の話にすり替える動きだ。

母が言っていること——母は、お金の話の形を借りて、自分の人生の閉じ方の話をしていた、のだと思う。私はそう書きたいが、書きながらこれもまた解釈であることに気づく。母自身は「もう運用はしない歳でしょ」としか言っていない。その一文に、私が解釈を被せている時点で、私はまだ職業の側にいる。

口を挟まなかった——「インデックスならまだ」と言いかけて、言わなかった。父のテレビから、低いアナウンサーの声がしていた。妻は私を見なかった。私が黙っていることに気づいて黙っていてくれた、わけではないと思う。妻は、私と母のあいだに割り込まないことを十年以上やってきている。

帰りの車——帰りの車中で、ワイパーが二段階目で動いていた。妻が「お母さん、しっかりしてたね」と言った。私は「うん」と返した。「年齢でリスク許容度を決めるな」と若手に教えたのが先週で、母の選択を「年齢でしか決まらない種類の許容度」として受け取り直したのが今日だ。同じ語が、教える場で機能して、聴く場で機能を失う。月曜にまた若手に同じことを教えるとして、その言葉は今日と同じ重さでは出てこない気がした。

家に着いて、車のキーを玄関に置いて、私は職場のリスク許容度質問票を、画面で開かずに、頭の中だけで母の答えを想像してみた。途中で、その作業自体が今日のすり替えの続きだと気づいて、やめた。雨はまだ降っていた。

——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。3稿を並置しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。生成日: 2026-05-01。前作『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』『AIに、お金を聞いた』に続く第三作、私生活編。