管制室の、画面(第二稿)
固定の標識を架ける男が、動く標識の操作側を見た日

ハイバラケイト(43歳・道路標識の施工21年)

初めて情報板を架けた夜、青看との重さの違いが、まず手にきた。電光で「この先渋滞」と出る、あの横長の板。内側にLEDの基板と電源を抱えていて、青看の何倍も重い。かごのバランスが変わり、締める梁も太い。だが、いちばん違ったのは重さではなかった。締め終えても、板は真っ黒のままだったことだ。

青看は、立てた瞬間に完成する。「名古屋 18km」は、ボルトを締めたその場で全部を言い終えている。情報板は違う。架けても文字が出ない。空っぽの黒い板を残して、俺は現場を降りた。完成しないものを立てて帰るのは、二十一年で初めてだった。裏面に点検扉があり、その奥の配線が、どこか遠くの部屋までつながっているという。誰かが、そこから言葉を入れる。

その部屋を、一度だけ見せてもらった。道路管制センター。作業着のままの俺には空調が寒く、自分が油くさいのがわかった。案内してくれたのがウスイマコさんだ。十五年、ここの画面を見ている。俺がいつも見上げる板を、この人は座ったまま、卓の上から扱っていた。

ウスイさんがキーを叩いた。卓の隅の小さな確認窓に、ある板の表示が映る。先週、俺が架けたあの黒い板だった。数十キロ離れたそこに、いま「この先渋滞」の三文字が灯っている。締めて帰ったときは真っ黒だった板が、この人の指で言葉を持った。空っぽのまま俺が降りた板を、ここで誰かが満たしていた。現場と管制が、一本の配線で続いていた。

事故の連携も見た。どこかでぶつかったらしい。ウスイさんが通行止めの表示を出す。画面の上では、それは一瞬だ。だが路上では、別の班が規制板とコーンを運んで並べるまで、何分かかかる。画面で「止め」が灯ってから、その先頭に最初のコーンが置かれるまで——おそらく五分前後。その五分、運転者は「止め」の文字を見ても、まだ何も置かれていない路面を走っている。鉄は人が運んで立てるから、画面に追いつけない。いちばん人が要るのは、その五分だ。

俺の板は、時速六十キロの運転者に一瞬だけ見られて、後ろへ流れる。ウスイさんの画面は、誰にも見られないまま、この人だけが見続けている。架けたら去る俺と、見続けて去らないこの人。確認窓の中で、俺の鉄とこの人の指が、いま同じ三文字を出していた。

帰り道、渋滞にはまった。前方の門型に、先週架けたあの板が灯っている。「この先渋滞 5km」。文字がゆっくり右へ流れていく。青看なら、こうは動かない。締めて帰ったときは黒かったこの板に、いま誰かが言葉を入れている。たぶん、ウスイさんだ——いや、たぶん、ではない。さっきの部屋の、あの卓の誰かだ。架けたのは俺で、いま喋らせているのは、あの画面の人だ。流れる文字を、運転席から、俺も一瞬だけ読んだ。

先輩はもういない。それでも、また読んでしまった。読ませたら負けだと言われた板を、いまの俺は、動く文字ごと架けている。空っぽで立て、遠くの指が満たす板を。前の車が動き出した。門型が後ろへ流れ、文字はもう読めない。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。