顔剃りの、十五分(第二稿)
客が目を閉じて、刃物を預ける時間

ハナワキョウコ(57歳・理容店二代目)

刈り終えて、椅子を倒す。客が目を閉じる。ここから顔剃りの十五分だ。他人に刃物を顔に当てさせて、目を閉じて、寝息まで立てる。三十五年やっても、この十五分のことだけは、慣れた、とは言えない。

蒸しタオルを巻く。八十度で蒸して軽く絞り、鼻だけ出して顔にかぶせる。乗せた瞬間、呼吸が二つに分かれる。すっと深くなる人は、そのまま眠りに落ちる。肩がほんの少し上がる人は、熱いタオルで顔をふさがれると落ち着かない。同じ一枚で、こうも分かれる。

タオルを取り、ブラシで泡を立てる。カップのなかで回して、頬から顎、首筋へ塗る。ここから私は喋らない。刈っているあいだは世間話の相手もするが、刃を持ったら口を閉じる。父に言われた。剃りは、口じゃなく手で客の相手をするんだ、と。客のほうも、不思議と黙る。

剃刀を革砥で研ぐ。しゃっ、しゃっと返して刃を起こす。剃るのは頬から。父に最初の一年、頬しか触らせてもらえなかった。広くて平らな頬で刃の角度が体に入るまで、顎にも首にも行かせなかった。逆目に入れて客の頬をうっすら切ったのは、後にも先にも一度きりだ。あの感触で、順番が手に焼きついた。だから今も、頬から入る。

頬に刃を当てると、肌の調子が刃のほうから返ってくる。つやのある月は刃がすべる。かさついた月は、ごく細かい引っかかりが指に伝わる。本人が鏡で気づくより先に、刃が読む。あの大工の棟梁の息子は、左の口角の下だけ、いつも刃が一拍重い。父親もそうだった。血は、剃刀の先にも流れている。

剃刀を首筋に当てているのに、口を半分開けて、寝息を立てる客がいる。私は手を止めず、いっそう静かに刃を運ぶ。起こさないように。喉のすぐ上で刃が動いているのに、この人はここで眠る。

剃り終わりに、冷たいタオルで顔を拭く。熱で開いた毛穴を、ひやりと締める。それから昇降ポンプを踏んで、上体を起こしていく。立ち上がる途中で、客の顔がふっとゆるむ。眠っていた人は目をしばたたかせ、肩を張っていた人も、力が抜けている。顔剃りは、美容院にはない。床屋にこれが残っているわけを、私は説明できない。ただ、椅子を倒して目を閉じる客が、毎月いる。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。