ハシモトケンジ(59歳・市営バス運転手36年)
「次、停まります」「お降りの方はお早めに」「ご乗車ありがとうございました」。市営バスの運転手を三十六年やってきて、私の口から出る言葉のほとんどは、会社が決めた定型句だ。誰が運転しても同じことを言う。私のものではない言葉を、私の声で言う。それが仕事だ。
入社は平成二年、二十三歳。一年目は運賃箱に小銭を落とす音、両替機が釣りを吐き出すガチャンという音、降車ボタンが鳴るたびに体が跳ねた。アナウンスのマイクは、握ると手が滑った。
二年目の冬、最終便だった。終点ロータリーの照明は半分落ちていて、暖房を切ると窓がすぐ曇った。客は順に降りていった。城北町で二人、消防署前で一人、そして橋詰めで最後の一人。年配の男で、運賃箱に五十円玉を三枚、立てて落とした。私はミラーでそれを見ていた。見ていたのに、次の停留所で扉を開けたとき、車内にはもう誰もいなかった。
私の口は、橋詰めで降りた男にではなく、その先の無人の通路に向かって、勝手に動いた。マイクのスイッチを入れて、言った。「ご乗車ありがとうございました」。誰もいない車内に、私の声だけが残った。
スイッチを切った。ドア扱いをもう一度確かめ、行先表示を回送に回した。点呼の前に、車内を後ろまで歩く。いちばん後ろの席に、ビニール傘が一本立てかけてあった。骨が一本、外側に曲がっていた。橋詰めの男のものだ。五十円玉を三枚立てて落とした、あの手だ。私はその傘を運転席脇に立てた。
定型句は誰に向かって言うのか。橋詰めの男は、私の「ありがとうございました」を聞いていない。聞く者がいない言葉を、私は百回目かそこらの慣れで吐き出した。その晩から、終点でマイクに手を伸ばす前に、私はミラーをもう一度見る。客がいるかどうかではない。さっき誰が、どこで、どんな金の落とし方をして降りたかを、もう一度たどる。
いまは「次、停まります」も機械が言う。終点の「ご乗車ありがとうございました」だけは、まだ肉声で言う。私はマイクを入れる前に、ミラーを見る。曲がった骨のビニール傘は、車庫の落とし物棚に三日置かれ、誰も取りに来なかった。橋詰めの男が、あの傘なしで雪の中を帰ったのかどうか、私は知らない。