雪の、着雪
大雪のあと、線が腕の太さになった冬

ハツシバナオ(44歳・電柱の架線工22年)

二十二の年に通信工事の会社に入った。電柱に昇って通信線を張る仕事だ。夏も冬も柱の上にいるが、いちばん線と向き合うのは、たぶん雪の朝だと思う。

湿った雪が降った翌朝、現場へ向かう車の中で、私は窓越しに空の線を見ていた。雪と闘う男たちの朝だ、と心のどこかで身構えていたのかもしれない。けれど柱の下に立って線を見上げたとき、身構えはどこかへ消えた。細い通信線が、雪をまとって腕ほどの太さになっていた。線そのものが太ったのではない。風のない夜に降った湿った雪が、線の上に乗り、乗ったぶんがまた次の雪を受け止め、回り込むようにして線を一周し、白い円柱になって垂れていた。これを着雪という。一センチに満たない線が、握れないほどの太さになる。

着雪した線は、見た目より遥かに重い。雪は水を含んで重くなり、その重さで線が下へ垂れる。たるみが深くなり、いつもなら頭上にある線が、肩のあたりまで下りてくる。垂れ下がった線を一本ずつ巡回して、どこが限界かを見ていく。怖いのは、垂れていることそのものではない。雪が落ちた瞬間だ。日が差して着雪がずれ落ちると、それまで重さで引き下げられていた線が、おもりを失って一気に跳ね上がる。人の背より高いところへ、線が鞭のようにしなって戻る。その下に立っていてはいけない。雪を落とすときは、線の真下を避けて、横から長い棒で叩く。

集落の外れの線は、竹やぶの脇を通っている。雪の重みで撓んだ竹が、何本もまとめて線に倒れ込んで寄りかかっていた。竹は粘るから折れずに撓み、撓んだまま線を下へ押している。これは私たちだけでは片づかない。竹は誰かの土地のものだから、伐るには地主さんに話を通さなければならない。役場を通して持ち主を探し、玄関先で頭を下げ、線にかかった竹を切らせてもらう交渉から始める。技術より先に、まず人に話を聞いてもらうところからなのだった。

柱の上は、地面より風が当たって寒い。手袋をしたままでは、太い線の雪を払い、たるみを見て、寄りかかった枝を払うところまではできる。けれどコネクタをつなぐ細かい作業は、手袋では指が利かない。被覆をむき、芯線を合わせ、小さな部品を指先で起こす——そこだけは素手になる。氷のような金具に素手で触れる、その数十秒のために、両手を温めてから一気にやる。終わればすぐ手袋に戻す。素手でいられる時間を、体が秒で数えている。

大雪のあとは、直す場所がいくつも同時に出る。全部を一度には直せないから、順番を決める。私たちの会社では、おおまかに次の順だ。

一、病院・診療所——命にかかわる連絡が止まると困るところ。
二、役場・消防——町ぜんたいの連絡をまとめているところ。
三、住宅の集落——戸数の多いところ、お年寄りの多いところから。

紙に書かれた表のとおりに動くわけではない。けれど、迷ったときに立ち返る順番が決まっているおかげで、目の前の一本に気を取られて全体を見失わずにすむ。

雪国の柱は、装備が違う。雪の多い土地の柱には、線が雪をまといにくいよう工夫した部品がついていることがある。線に取りつけて、着雪が一周して円柱になる前に下へ落としてしまう、小さな羽根のようなもの。先人が、何度も腕の太さの線を見上げて、考えて、付け足してきた知恵だ。雪と人とのあいだに、こういう小さな工夫がいくつも挟まっている。

その日、最後の集落の最後の接続を締めたのは、もう暗くなってからだった。手の中で、垂れていた線が張る。無線を握ると、つながったばかりの集落から「ありがとう」と声が返ってきた。雪の夜に、線が一本、町へ戻った。つなぐのが俺の仕事なのだ、と柱の上で思った。雪は人と人とのあいだを断つ。だから私は、断たれた線を、何度でもつなぎに昇るのだ。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。