ハットリジン(39歳・映画館映写技師17年)
初日の前夜、十時すぎ。サーバーには、その作品のDCPがもう入っている。昼のインジェストは四十分で終わり、進捗のバーは右端まで行った。データはある。スクリーンもある。明日の客席もある。なのに、その夜、画は出なかった。フィルムの時代なら、これは物が届かない事故だった。いまは、物はあるのに開かない事故だ。
KDMという。デジタル上映の暗号鍵だ。サーバーのDCPは暗号化されていて、この鍵がなければただのデータの塊にすぎない。鍵には有効期間がついている。開始日時と終了日時。配給から、館のサーバーごとに発行されて届く。私は数日前にそれを流し込み、テスト上映を回して、画が出ることを確かめておく。いつもそうしてきた。
その夜、テスト上映を回した。黒のままだった。再生機は KDM not valid yet と返した。私はもう一度流し込み直した。同じ文字が出た。期間の表示を開く。有効期間、開始——明日の〇時。一日、ずれていた。鍵はここにある。期限が、まだ始まっていないだけだ。
フィルムは缶で届いた。受け取って肩に担ぐと、金属の角が鎖骨に食い込んで、しばらく痛みが残った。その痛みが、間に合ったということだった。いまサーバーのバーは右端まで行っている。担いでも、痛むものがない。
配給の緊急連絡網にかけた。初日前夜のための番号だ。一度目、留守番電話。二度目で人が出る。鍵の再生成を、生成元のラボに頼むという。即時ではない。鍵は館のサーバーの証明書に合わせて作り直すから、機械が変わるたびに作り直す世界なのだ。受話器を置いて、暗くした場内の、空席の輪郭を見た。三度目をかけた。
三度目のあと、新しいKDMが届いた。流し込む。テスト上映。黒。九秒、黒。十秒目に光が来て、色がスクリーンの上で像を結んだ。私は椅子に座った。それだけだ。映写室には誰もいない。座ったことを、誰も見ていない。
翌日の初回。本編が出て、客席の後頭部がスクリーンのほうへ静かに向く。波が立つ前の凪だ。私は上映報告書に、異常なし、と書いた。前夜の三度の電話も、十秒の黒も、九秒目まで動かなかった自分の手も、この紙のどこにも残らない。残るのは、異常なし、の四文字だけだ。
窓の内側に立つ。光量とピントは機械が合わせる。鍵は明日になればまた誰かのサーバーで、別の開始日時を待っている。担ぐものはもうない。私は座らずに、黒が来ないことを、十秒数えるかわりに、ただ見ている。