ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
ホーチミン市のコンドミニアム広告を眺めていると、街路より先に語彙の温度差が目に入る。英語の residence, premium, private lounge があり、フランス語ふうの prestige, classique, rivière が滑り込み、そこへ日本語の「上質」「都心生活」「資産価値」が後追いする。販売対象の国籍が混在しているだけではない。広告そのものが、複数の歴史を一枚の光沢紙の上で同時に可視化する装置になっている。
たとえば Vinhomes は国家的スケールの整備と私的な快適性を同じ文脈に置きたがる。都市の未来、緑地、学校、病院、商業施設を一括で示し、住戸は巨大な計画の内部に納まる安心として売られる。Masteri になると語り口はさらに軽く、国際都市の流儀に身体を合わせる感覚が前に出る。ロビー、プール、sky garden、concierge。そこで買われているのは部屋の面積だけではなく、身ぶりの雛型である。
「西洋スタイル」という言い回しは、単純な欧米追従として片づかない。ホーチミン市では、白い壁面、アイアンの手すり、縦長窓、アーチ、石貼りの玄関といったフランス植民地期建築の断片が、しばしば新築広告の視覚語彙として再利用される。植民地支配の記憶を直接に言い立てるのではなく、洗練、都心、由緒、洗われた趣味へと訳し替える。その翻訳の巧妙さが、高級住宅の表象を支えている。
“European living in the heart of Saigon”
「パリの気配を、ホーチミン市で」
“A new standard for elite residents”
こうしたコピーの面白さは、輸入感を誇示しながら、現地の都市上昇ときっちり接続している点にある。西洋は遠い起源ではなく、すでに達成可能な生活様式として提示される。だがその達成は、個人の趣味の成熟としてより、選抜された入居資格のように描かれる。広告の人物たちは企業幹部、若い投資家、海外経験のある家族としてほのめかされるが、露骨な階級名は避けられる。豊かさは肩書でなく、ラウンジの高さ、送迎車の導線、子どもの通学先の想像で述べられる。
ここに「社会主義市場経済」のねじれがある。平等の語彙を公式に保持する体制の下で、広告は差異を売らなければならない。そこで階級は、はっきり名指されず、生活水準、国際基準、文明的環境、安心なコミュニティという柔らかな表現へ分散される。高級住宅は、だれかを排除する建物としてではなく、教育熱心で秩序ある人びとが自然に集まる場所として描かれる。差は隠されないが、角を削られ、上昇の物語として流通する。
そのためホーチミン市の広告は、単なる販売文では終わらない。植民地期の意匠、グローバル資本の語法、国内の発展主義、在外ベトナム人や外国人購買層への目配せが、同じ画面で折り重なる。そこでは西洋風とは地理ではなく、整理された空間、遅れのなさ、世界市場への接続を示す記号である。広告は窓ではない。都市がどのような顔で上層を増築し、どのような言葉でそれを穏当化するのか、その作業台がそのまま露出している。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。