ヘグリシオン(36歳・海苔漁師14年)
十二月十一日の摘採の朝、沖の網の色が違った。船の上から見て、東の三列だけ、紫がかった黒が茶に褪せていた。摘んだ葉を手のひらに広げると艶がなく、指でつまむとちぎれた。父が十四年前に広げて見せた、色落ちの海苔の薄さだ。痩せている。今年はその年だと、列の先の茶色が先に教えた。
原因は雨と川と微生物で説明できる。秋からの雨が少なく、川の水量が落ちていた。森の養分を運ぶ川が細れば、海の窒素とリンが減る。漁協が湾内で測る溶存無機窒素は、よい冬なら〇・一を超える。掲示板の表はこの冬〇・〇四を指していた。色落ちの境目だ。おまけにその少ない窒素を、赤潮を作るプランクトンが先に食っていた。海苔の口に届く前に、横から取られていた。
暮れに漁協の会議があった。色落ちの海苔を摘み続けるか、止めるか。摘めば燃料代と人手で一日いくら出ていき、下の等級にしかならなければ赤字になる。止めれば網の海苔が伸びすぎて、回復しても使えない。組合長が等級別の値の表を回した。摘む家、止める家、判断は二つに割れた。うちは東の三列を止め、まだ黒い西の網だけ摘むことにした。表のどこに線を引くかが、その冬の経営だった。
会議の後半で、県への要望書の文面を詰めた。「冬季における河川維持流量の確保、ならびに下水処理場の季節別運転による放流水中窒素濃度の調整を要望する」。固い一文だが、中身は単純だ。上流のダムが冬に水を溜めるなら少し流してほしい、下水処理が窒素を取りすぎるなら冬だけ緩めてほしい。海の栄養は山と川と下水管を経て届く。要望書はその配管の、流量の交渉だった。
収入はその冬、前年の半分を割った。等級が二段下がると一帖の値が桁で落ちる。漁業共済に入っていたので、基準収入の九割を下回った分の一部が補填で戻った。それでも足りず、漁協の経営安定資金から無利子で二百万を借りた。掛金は毎年重い。だがこういう冬のためにある。通帳と共済の通知書を並べて、来年の掛金をどうするかを父と話した。色は、そのまま数字だった。
翌年の網は、この冬のうちに引き直した。栄養の落ちにくい少し沖へ、支柱を東に二十本ずらす。冷凍網の出す枚数は、二百枚から百四十枚に減らした。広げすぎて全部薄くするより、減らして黒く育てるほうがいい。父と二人、加工場の床に海図を広げ、鉛筆で旧い柱の位置に×を打ち、新しい位置に○を入れた。来年の海図は、今年の茶色から引いた線でできている。
色落ちの冬でも、朝の手順は変わらない。三時半に起き、長靴を履き、エンジンを温め、舳先のライトで沖の網の色を見る。茶に褪びた東の三列は止め、黒い西の網の下を摘採船でくぐる。痩せた海苔も漉いて乾かし、下の等級のまま入札に出す。手のひらに広げると、今朝もまだ薄い。指が覚えているこの薄さを、来年の海図の○が少しでも黒く返してくれればいい。