ヒビノカオル(38歳・市民会館の舞台係16年)
市民会館の舞台に立つ人の大半は、人生で一度だけそこに立つ。ピアノ発表会の子ども、市の表彰式の来賓、高校の吹奏楽部、カラオケ大会の常連。プロの劇場と違って、ここの舞台に二度目はめったにない。私はその一度を、客席ではなく袖の暗がりから見てきた。十六年になる。
緞帳の操作盤には、速度を決める段階がある。私が初めて一人で緞帳を任されたのは二〇一〇年、二十二歳の春だった。それまでは先輩の横で見ているだけだったから、操作盤のスイッチを自分の指で握ったとき、手が少し汗ばんだのを覚えている。スポットライトの光が客席まで眩しく差して、私はその光の中で、ゆっくりとレバーを倒した。
そのとき横にいた先輩が、低い声で言った。「緞帳は速さじゃない。降りきる瞬間を見ろ」。私は意味がわからなかったと思う。速く上げて速く下げれば、それで仕事は終わるのだと思っていた。けれど先輩は、緞帳が床に着く最後の十センチを、じっと見ていた。その十センチのために、レバーをほんの少し戻すのだ。
最初の本番は、午前のピアノ発表会だった。袖の暗がりには足元灯がぼんやり灯っていて、出番を待つ子どもたちの足だけが、その明かりに浮かんでいた。次に弾く女の子の足が、震えていた。革靴の先が、貧乏ゆすりみたいに小刻みに動いていた。私はそれを見ながら、緞帳のレバーに手をかけて、出のきっかけを待っていた。
舞台にはピアノの位置を示すバミリのテープが貼ってある。リハーサルのとき、私はそのテープに合わせてピアノを押し出し、マイクスタンドの高さを、弾く人の身長に合わせて何度も上げ下げした。本番とリハーサルは、何もかも同じはずだった。けれど本番の客席には人がいて、その人たちの息づかいが、袖まで届いてくるのが違った。
午後は市の表彰式だった。来賓の席で、年配の男性が、自分の名前が呼ばれるのをずっと待っていた。手元の紙を何度も見て、ネクタイに触れて、また紙を見た。晴れの日に出ていく直前の顔というのは、こういう顔なのだと、私はそのとき初めて知ったのかもしれない。緊張と、誇らしさと、少しの不安が、同じ顔の上に乗っている。
夕方のカラオケ大会は、また違った。常連のおじさんが、出番前に袖でひとつ咳払いをして、堂々と出ていった。反響板を立てた舞台で、その人の声は、不思議とよく響いた。客席から拍手が起きて、私は袖の暗がりで、その拍手を聞いた。客席で聞く拍手と、袖で聞く拍手は、たぶん違う。袖の拍手は、出ていった人の背中越しに聞こえてくる。
その日の最後、私は先輩の言葉を思い出しながら、緞帳を下ろした。降りきる最後の十センチで、レバーを少し戻した。緞帳は、音もなく床に着いた。先輩は何も言わなかったけれど、小さくうなずいたように見えた。降りきる瞬間を見るというのは、舞台に立った人の一度を、最後まで見届けるということなのだと、私はようやく理解した気がした。
あれから十六年。私は袖の暗がりの観察者になった。客席の拍手を、いつも背中越しに聞いている。舞台係という仕事は、緞帳を上げ下げするだけの仕事だと思われがちだが、本当は、人の晴れの日の直前の顔を見守る仕事なのだと、いまでは思う。あの春の一日が、私をいまの私にしてくれた。操作盤のレバーは、今日も私の手の下で、静かに段階を待っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。