ヒビヤタクマ(44歳・歯科技工士22年)
歯を作って二十二年になる。医院から型と指示書が届き、被せ物や入れ歯を作って、また返す。患者には一度も会わない。会わないまま、その人の口に収まるものを作る。机の上にあるのは、いつも誰かの石膏模型だ。
二〇〇四年、二十二で技工所に入った。最初の数ヶ月は石膏を流し、模型を磨き、先輩の手元を覗いた。咬耗を読めと言われても、すり減った面とその人の夜が、頭では繋がっても手では繋がらなかった。爪のあいだに入った石膏の粉は、洗っても抜けなかった。
ある日、所長が届いたばかりの上下の模型を咬合器に固定しながら言った。「うちらは患者に会えん。だから模型を読め。咬み跡は嘘をつかない」。それから所長は、奥歯ではなく前歯の先を指した。切端が左右ともフラットに削れていた。「この人は前に擦る。寝てるあいだ、下の歯を前に出してギリギリやってる」。会ったこともない誰かの夜の癖が、白い石膏の上に、そのまま形で残っていた。
仕事は、その咬耗に合わせて蝋で歯を彫ることから始まる。ワックスアップという。隣の歯と、噛み合う相手の歯、両方に合わせて山と谷を作る。少しでも高ければ、その人はそこだけ先に当たり、また食いしばりを増やす。咬合器に咬合紙を挟んで噛ませると、当たった点に青がつく。点が一つの面に集中していれば、そこが高い。広く薄く散っていれば、力が分かれている。私は青の散り方で、削る場所を決めた。
色は、いまでも難しい。前歯のシェードは、医院から届く一枚の写真と、ガイドの番号が頼りだ。あるとき指示はA3だったが、写真の歯は根元が濃く先が透けていて、A3一色では合わない気がした。歯は根元と先で色が違い、光の入り方で青くも黄色くも見える。私はA3.5を根元に、切端は透明寄りに重ねた。会えない私にできるのは、写真の中の光を、番号の外まで読むことだった。
作ったものは、よく戻ってきた。指示書に「高い」「当たる」とだけ書かれて返ってくる。患者が椅子の上で訴えた感覚が、医院の手を経て、二文字になって私の机に届く。私はその二文字から、会ったことのない口の中で何が起きているかを当てにいった。右上の被せ物だ、頬側の咬頭が当たっている——模型を咬合器に戻し、また紙を噛ませる。青の点は、前と同じ場所についていた。
技工所の夜は、納期の世界だ。医院には患者の次の予約日があり、その日の便に間に合わなければ意味がない。深夜の作業台で、私は咬合器の上の小さな歯の、青い点だけを見ていた。あの所長の前歯の読みを思い出しながら、この人もどこかを前に擦るだろうかと、模型の咬耗をもう一度なぞった。
二十二年で作った歯は数え切れない。作った歯のことは覚えていない。覚えているのは、読んだ咬み跡のほうだ。前に擦る前歯。頬側だけが減った奥歯。番号の外まで濃かった、あの根元の色。会えない人たちの口の中を、私はいまも、石膏の上で読んでいる。