雷の、夜勤(第二稿)
夏の夜、空と踏切のあいだで起きていること

ヒエダマコト(41歳・踏切設備の保守19年)

雷は、金属が好きだ。そして線路ほど長い金属は、街の中にそうそうない。何キロも続く二本のレール、その上を走る架線、地面の下を這う信号ケーブル。直撃しなくてもいい。近くに落ちれば、その電気が線路や配線に飛び移ってくる。誘導雷と呼ぶ。直撃のような派手さはない。けれど踏切の制御箱の中の基板を静かに焼いていくのは、十九年見てきたかぎり、こちらのほうだ。

雷雲が近づく夜は、待機になる。事務所のモニタに、落雷の点が打たれていく。何時何分、どこに落ちたか。その点が、十一個、十四個と増えながら、私の受け持つ線区へ寄ってくる。私は線路の走り方と、去年やられた箇所と、その点の連なりを重ねて、どの踏切から回るかを決める。去年は、まず手前の踏切がやられると踏んで車を出した。落ちたのは、二つ先の、いちばん古い制御箱だった。点の動きは、そう素直に読ませてくれない。

制御箱の中に、避雷器という部品がある。雷の電気を自分が受けて、自分が壊れることで、奥の基板を守る。点検では、まずこの避雷器の窓を見る。正常なら緑、役目を終えると赤い舌のような印が窓に出る。赤が出ていれば、外す。外した避雷器は、根元のあたりが飴色に焦げていて、鼻を近づけると、樹脂の焦げた匂いと、雨に濡れた埃の匂いが混じっている。新しいのを締めながら、私はいつも、外した一個の重さのほうを手に覚える。

厄介なのは、半分だけ壊れた装置だ。完全に動かなくなってくれれば、原因の場所もはっきりする。困るのは、ふだんは何ともないのに、ときどき検知が一瞬だけ抜ける装置だ。現場で試験をすると、何事もなかったように正常に動く。だから私は、記録のほうを疑う。装置が異常を出した時刻を書き出し、その夜の落雷の点の時刻と、一つずつ並べてみる。三度の異常が、いずれも近くに落ちた数秒後だった。雷が落ちるたびに気を失う基板が、一枚だけ混じっている。そう当たりをつけて、その一枚を抜いた。異常は、止まった。

雷で停電したら踏切はどうなるのか、とよく訊かれる。落ちる、と答える。停電しても、竿はちゃんと下りる。踏切にはバッテリーが積んであって、商用電源が切れても装置は動き続ける。電気が来ないからといって、列車が来ないとは限らない。だから、止める。停電のときこそ、竿が下りる側へ倒れるように作ってある。避雷器が自分から壊れるのと、それは同じ向きの設計だ。

夕立が通り過ぎたあと、空が嘘のように晴れる夕方がある。そういう夕方は、試験降下をして回る。竿を実際に下げて、規定の十五秒前後で動くかを確かめる。雷のあとは、何ともないように見えても、どこかに小さな傷が残っていることがある。濡れたアスファルトの匂いの中で、ひとつ、またひとつと竿を下ろす。何も起きていないことを、わざわざ確かめに行く。終われば、何も起きていないように見える。

休みの日でも、遠くで雷が鳴ると、私は職場のある方角を見てしまう。家族と買い物に出ていても、空が光れば、レーダーのアプリを開いて雷雲の動きを目で追っている。妻には、休みくらい忘れなさいと笑われる。それでも見上げてしまう。あの古い制御箱の、緑の窓が、まだ緑のままだろうかと——空の向こうの、見えない一つの窓のことを、私は考えている。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。