ヒエヌキミオリ(41歳・わさび田の栽培19年)
その人と初めて会ったのは、流域の水を使う者の寄り合いだった。山ひとつの腹から流れ出る水を分け合う者たちが、年に一度、公民館の長机に着く。私のような農の者もいれば、川下で工場を回す者もいる。湧き水の恵みを受けて暮らす私たちは、いわば同じ山を母に持つ姉妹のようなもので、そう思うと長机の見知らぬ顔も、どこか懐かしく感じられたのだった。
私の隣に座ったのが、ヌクイサヤカさんだった。三十八歳、温泉の湯守を十八年。手帳を膝に置いていて、私のそれとよく似ていた。表紙のすり切れ方まで似ていた。「毎朝、測りますよね」と先に言われた。測ります、と答えた。湯量と湯の温度を、私は水路の水温と水量を。二人とも、その日の数字を覚えていないと落ち着かない種類の人間なのだと、たぶんすぐに分かり合えたのだと思う。
休憩のとき、私たちは手帳を見せ合った。彼女の頁には毎日の湯温が並んでいた。六十度を超える数字が、私には目を疑うほどだった。私の頁は十三度前後で何年も静かに続いている。同じ山の水なのに、片方は手も入れられないほど熱く、片方は夏でも指がしびれるほど冷たい。彼女は私の頁の十三という数字をしばらく見て、「うらやましいくらい、動かないですね」と言った。
なぜ同じ山から、こんなに違う温度の水が出るのか。彼女が地質の話をしてくれた。雨は山の腹に染み込んで、浅い砂礫の道を通った水はすぐ湧いて冷たいまま出る。深く潜って地の熱に温められた水は、別の割れ目を伝ってずっと先で湧く。同じ雨が、山の中で別の道に分かれていくらしい。私のわさび田の水と彼女の源泉の水は、もとは同じ一粒の雨だったのかもしれない、と思った。
渇水の年の話になって、二人の頁が重なった。雨の少なかった一昨年、私の水路は水量が落ち、株の根が締まらなかった。同じ年、彼女の源泉も湯量が落ちて、湯船を一つ閉めたという。冷たい水も熱い水も、同じ年に同じだけ痩せる。山は一つの貯金箱で、私たちはそれぞれ別の蛇口から、同じ蓄えを引き出しているだけなのだと、彼女の頁を見ながら腑に落ちた。
後日、互いの現場を訪ねた。私の田で、彼女は石組みの段々をのぞき込み、水の濾され方に見入っていた。彼女の源泉では、湯を受ける木の枡を見せてもらった。私は石で水の速さを殺し、彼女は枡で湯の温度を逃がす。道具は違うのに、考えていることは同じだった。たぶん、私たちは同じことをしているのだと思う。測り方の道具を比べ合って、二人で少し笑った。
別れぎわ、彼女は上流の森の話をした。広葉樹の山は水を蓄える、針葉樹ばかりになると湧きが痩せる、と。同じことを私も気にしていた。湧き水を分けてもらう私たちは、結局、山の上の木の世話をしているのと変わらない。冷たい水と熱い水を別々に抱えていても、見ている先は同じ一つの森なのだった。彼女もきっと、そう感じていたのだろう。
帰り道、空が暗くなって、雨が落ちてきた。この雨はやがて山に染み、ある分は私の田へ十三度で、ある分は彼女の源泉へ六十度で、別々の道を通って出てくる。冷たい水を抱く私と、熱い水を抱く彼女と——けれど私たちは、同じ山の、同じ雨を分け合って生きているのだった。違う温度でも、もとは一つだったのだ。その当たり前のことが、あの寄り合いの日から、私の毎朝の水温計を少しだけ温かくしている気がする。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。