ヒメノカナ(29歳・楽器店リペア工房5年)
楽器を直す仕事をしている、と言うと、たいてい音を直すのだと思われる。でも私がやっているのは、音ではなくて、音が出る状態に戻すことだ。詰まったキイが軽く動くように、漏れていた音孔がきちんと閉じるように。出るはずの音を、出させてあげる。直すのではなく、預かる。持ち主の吹き方ごと、預かる。
管楽器の修理で、いちばん基本になるのがタンポの交換だ。タンポというのは、音孔をふさぐパッドのこと。フェルトを薄い皮で包んだ小さな円盤で、これがへたると、押さえているつもりでも空気が漏れて、音にならない。指は塞いでいるのに、楽器のほうが塞げていない。だから交換する。新しいタンポを台座に据えて、トーンホールにぴったり当たるように、何度も閉じたり開いたりして密閉を確かめる。
工房に入って一年目、2021年の春だった。初めて一本まるごと任されたのが、近くの中学校の吹奏楽部から来たアルトサックスだった。学校の備品。何代もの生徒に吹き継がれてきた楽器で、青春の音色が工房に蘇ってくるような、不思議な存在感があった。ベルには小さな凹みがいくつもあって、キイの banister には汗の跡が白く浮いていた。歴代の指の跡が、層になって残っているようだった。
個人の持ち物と、部活の備品とでは、楽器の疲れ方が違う。個人のものは、一人の癖で偏ってすり減る。同じ場所のコルクばかりが潰れたり、決まったキイだけが摩耗していたり。でも備品は、いろんな人の癖が重なって、まんべんなく、けれど深く、くたびれている。誰のものでもないから、誰もが少しずつ無責任に、けれど確かに使い込んでいく。そういう疲れ方をしていたのだと思う。
マウスピースを見たとき、上の歯が当たる場所に、噛み跡がいくつも重なっていた。深さの違う跡が、何人ぶんも。強く噛む子、優しく咥える子、毎年違う口がここに当たってきたのだろう。私はその跡を、消さずに残した。タンポは替えても、歯の跡までは替えられない。替える理由もなかった。
作業を終えて、ケースに戻そうとしたとき、蓋の内側に名前シールが貼ってあるのに気づいた。一枚ではなかった。剥がさずに、上から重ねて、三枚。いちばん下のは端がめくれて、文字が半分だけ見えていた。新しい持ち主が来るたびに、前の名前を剥がさずに、その上から自分の名前を貼っていく。剥がさない、というのがこの部の決まりなのか、ただの横着なのかは分からない。でも三枚重なったシールは、剥がさなかったぶんだけ、歴史になっていた。
修理の見積もりを書くとき、学校には予算がある。タンポ全交換となると、それなりの額になる。先生は電話の向こうで少し迷って、「使えるところは活かして、最低限で」と言った。だから私は、漏れているタンポだけを替え、まだ生きているものは残した。新しいタンポと、古いタンポと、噛み跡と、三枚のシール。一本の中に、いろんな時間が同居したまま、楽器は学校へ帰っていった。
最後に試奏で音を出した。ロングトーンを一つ、低い音から高い音へ。さっきまで漏れていた音が、まっすぐ出た。それを聞いて、誰のものでもない楽器が、ちゃんと誰かのものになるのを待っているような気がした。次にこれを吹く子が、四枚目のシールを貼るのだろうか、と思った。
あの日から五年、私は何百本も楽器を預かってきた。直したつもりはない。預かって、返してきただけだ。タンポを替えても、その人の吹き方は楽器に残る。歯の跡も、指の癖も、汗の白い跡も。楽器は、青春を入れておく器なのだ。私は音を直す人ではなくて、その器に残った痕跡を読む人になった。あの三枚のシールが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。