ヒメノカナ(29歳・楽器店リペア工房5年)
下取りの楽器は、持ち主のいないところで店に来る。買い替えのカウンターで新しい一本に気を取られているうちに、古いほうのケースだけが私のほうへ回されてくる。本人はもう帰っている。残っているのは伝票で、その日のトランペットは、理由の欄に「もう吹かないので」とだけあった。ヤマハの、いちばん安い入門機。ラッカーが第三抜差管のあたりで擦れて、地金が出ていた。
手放す理由は、伝票を見ているとだいたい三つだ。「もう吹かないので」。「子どもが辞めたので」。「上達して上位機種に」。三つ目はうれしい理由のはずなのに、走り書きの字面はどれも同じくらい短い。理由がちがっても、ケースがカウンターに置かれることは変わらない。
査定票には項目が並んでいる。外観の傷。へこみ。メッキの剥がれ。ピストンの戻り。タンポとコルク。付属品の有無。シリアルナンバーを控えて、メーカーに照会して盗難品でないかを確かめる。一つずつ丸をつけ、減点を足し引きして、いちばん下の欄に基準額を書く。それで査定は終わる。
けれど私はいつも、票に丸をつける前に、ケースを開けた瞬間のほうを先に見てしまう。そのトランペットは、蓋を開けると匂いが軽かった。管の中が乾いている。スワブ――管の水分を拭く布が、畳んで隅に入れてあった。吹き終わるたびに通していた人だ。乾燥剤も新しいものに替えてある。第三抜差管の地金は、抜き差しを繰り返した手の跡だった。傷ではなく、使われた跡だ。
その横で、別の一本も待っていた。「子どもが辞めたので」のアルトサックス。こちらはケースを開けた瞬間に湿った匂いがした。スワブが管に入れっぱなしで、もう硬くなっている。乾燥剤はからからに湿って、袋が破れていた。管の中をのぞくと、内側に水あかの白い筋が残っている。外観の傷は、トランペットよりむしろ少ない。きれいに棚に置かれていた、というだけの楽器だった。
票に丸をつけていって、気づく。手入れの良さを書く欄が、この票には無い。傷とへこみと動作で点が決まる。毎日スワブを通したトランペットも、入れっぱなしのサックスも、外観と動きが同じなら同じ額になる。私は乾いた管のことも、硬くなったスワブのことも、どの欄にも書けない。書く欄が無いのだから、丸はつけられない。基準額の数字は、ケースの匂いを知らないまま出てくる。
整備して、中古棚に並べる。漏れていたタンポを替え、固まったコルクを入れ替え、管を洗って、値札をつける。そうしていると、思うことがある。手入れの良かった一本のほうが、先に売れていく気がする。棚での見え方が同じでも、手に取った客がそのまま買っていく。気がする、というだけだ。私はそれを数えていない。レジの記録を繰れば、どの一本が何日で売れたかは出るはずだ。出るのに、私はまだ繰っていない。
「もう吹かないので」のトランペットは、三日で売れた。買っていったのは、これから始めるという子だった。親が付き添って、私が整備した一本を、持ってきた空のケースに移していった。あの乾いた管を、この子はまた乾いた管のまま渡すのか、それとも入れっぱなしにするのか。私は見届けない。ただ、サックスのほうがまだ棚に残っていることは、知っている。それが手入れのせいなのか、ただの値段なのか、楽器の人気なのか――やっぱり、私は数えていない。