雲量の、目視(第二稿)
気象台一年目、空を数えはじめた日

ヒナタアズサ(26歳・気象台の観測補助6年)

二〇二〇年に観測の補助を始めたとき、気温も気圧も降水量も、もうセンサーが測っていた。人が目で測るものだけが残っていた。そのうちのひとつが雲量だ。空全体を十として、雲が何割か。計器ではなく、見上げて、十のうちのいくつ、と言い切る。曖昧なものを数字にするのが、最初はこわかった。センサーの数字は信じられたのに、自分の目の数字は信じられなかった。

研修の初日、屋上で雲量を取らされた。私は「きれいですね」と言った。先輩は空を見たまま、「層積雲が七、巻雲が一、雲量八」と言った。それから私に向かって、「空を見るな。空を数えろ」。きれいだと感じた時点で、その空はもう観測の対象ではなくなる、と。私はその日の空を、いまも雲量八として覚えている。きれいだったかどうかは、思い出せない。

雲の種類を覚えるのには手こずった。いちばん割れたのは、高層雲と巻層雲の見分けだ。どちらも空一面に薄くかかる。先輩は太陽のにじみ方で分けると言ったが、私の目では何度やっても判が逆になった。同じ空を見て、先輩が巻層雲、私が高層雲、と書く。違っているのは空ではなく、私の目のほうだった。

観測には決まった時刻がある。三時間ごと、同じ時間に屋上へ出て、北、東、南、西と、いつも同じ順に視線を回す。なぜそこまで手順を固定するのか、最初は分からなかった。先輩はこう言った。いつも同じやり方で見るから、変わったのが空のほうなのか、自分の見方のほうなのかを、区別できる。あの高層雲と巻層雲の一件で、私はその意味が分かった。手順を変えなかったから、ずれているのが空ではなく私だと、分かったのだ。

視程は、目標物で測る。私の台からは、晴れた日にだけ遠い山の稜線が出て、それが見えれば視程二十キロ。霧が出ると、まず対岸の送電鉄塔の赤い灯りが先に消える。あれが消えたら視程は五キロより下、と決めていた。鉄塔の灯りが滲んで、輪郭が二重になって、やがて方角だけになる。その夜、私は視程を四キロと書いた。目標物がひとつずつ消えていく順番を、私は体で覚えた。

夜の雲量は、雲が見えない。だから星から逆算する。本来そこに出るはずの星が、いくつ隠れているか。晴れた夜は、覚えた星がぜんぶ出席している。その出席が欠けた方角と広さから、雲を読む。星を数えることが、雲を数えることになる。私はこの作業が好きだった。見えないものを、見えるものの欠けで測る。空に対して、こんなに正直になれる時間は、ほかになかった。

観測が終わると、野帳に書く。鉛筆で、決まった欄に。雲量八、層積雲・巻雲、視程四キロ。そっけない一行だ。けれど、その一行は、ある時刻のある空を、私がこの目で見て、十のうちのいくつ、と決めた記録だった。決めた以上、もう曖昧ではない。こわくなくなったのは、いつからだろう。

六年たった。空を見上げると、線が引かれて、層積雲が六、と数が立ち上がる。きれいだと感じるより先に、数えている。今日も三時間後に、北、東、南、西と回す。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。