ヒラギノマチ(53歳・駅前観光案内所25年)
私は旅をしない。駅前の観光案内所に二十五年いて、旅に出る人の最初の十分だけを毎日見ている。けれど、夜には別の顔が来る。終電の去ったホームから、誰かが転がるようにこちらへ歩いてくる。観光案内は旅の良い部分の仕事だと、皆が思っている。本当に記憶に残るのは、旅が壊れた人の顔のほうだ。
案内所は終電の十五分前に閉める。それでもシャッターは、いつも半分だけ下ろす。完全に閉めてしまうと、灯りが消えたと思われる。半分下ろした中で残務を片付けていると、その隙間から、しゃがんで顔を覗かせる人がいる。「もう、閉まってますよね」。閉まっている、と言いながら、私はもう受話器に手を伸ばしている。静寂を破るその声に、私は今日も背筋を伸ばすのだった。
終電を逃した人。予約したはずの宿が見つからない人。財布を落とした人。夜の質問は、だいたいこの三つだ。昼間の「○○神社はどっちですか」とはまるで違う。昼の質問には方角があるが、夜の質問には方角がない。どこへ行けばいいかではなく、今夜どこにいられるか、なのだ。
宿を探す電話には順番がある。まず駅前から。歩いて行ける範囲の宿から、近い順にかける。次に素泊まりの安い宿。料金を先に言う——これは二十五年前に覚えた作法だ。「お一人、素泊まり、今夜お願いできますか」。値段を言わないと、電話口の宿はいつも渋る。三軒、四軒と断られ、それでも私は、近い順という順番だけは崩さない。順番を崩すと、相手が無駄に歩くことになるからだ。
駅前が全滅すると、最後はビジネスホテルだ。チェーンの予約サイトには出ていない当日の空室が、電話だと一室だけ残っていることがある。フロントの男性が保留にして、戻ってきて「シングルが一つ」と言う。その一室を、私は受話器を肩で挟んだまま、カウンターのメモに丸で囲む。空室は、しらみつぶしにするしかない。魔法の一覧表はどこにもない。
深夜料金のタクシーという選択肢は、いちばん最後に出す。早く出しすぎると、その人は宿を探す前に諦めてしまう。だから私は、駅前も素泊まりもビジネスホテルも尽きてから、初めて言う。「ここから二駅先なら、まだ部屋があります。タクシーで千八百円ほど、深夜割増が付きますが」。タクシー乗り場は、ガラス戸を出て右、横断歩道の手前。その案内をするとき、私はいつも少しだけ申し訳ない気持ちになる。お金の話を、最後にさせてしまうから。
財布を落とした人には、宿ではなく交番の地図を渡す。カウンターの下に、駅周辺の交番を朱で囲んだ地図を一枚、いつも置いてある。落とした、と言う人の手はたいてい空っぽで、その空っぽの手に、私は地図を進行方向に回して渡す。落とし物は警察、と分かっていても、夜のその人には、まず行き先が要るのだ。
宿が見つかった瞬間の「ありがとうございます」は、道案内の礼とは別の物だ。昼間、神社の方角を教えたときの礼は、軽く、明るい。夜、一室が取れたときの礼は、低い。声が一段沈んで、そこに体重が乗っている。その重さの分だけ、その人の旅はさっきまで本当に壊れていたのだと、私は受話器を置きながら知る。
翌朝、お礼を言いに戻ってくる人は、ほとんどいない。昨夜の宿で目を覚ました人は、もう次の電車に乗っている。それでいい。夜に立ち会った人の昼を、私は知らないままでいい。旅が壊れた人をもう一度旅へ戻すのも、案内という仕事なのだ。シャッターを半分下ろした中で受話器を取るたび、私はそのことを思う。翌朝、私はまたシャッターを上げて、昼の「最初の十分」の側へ戻る。私の一日は、その繰り返しでできている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。