ヒロセタクマ(47歳・灯油配達員21年)
灯油の配達を二十一年続けている。十一月から三月まで、小型ローリーで町を回り、家々のホームタンクやポリタンクに給油する。春が来て桜が咲く頃には仕事がなくなる、冬だけの稼業だ。だから私の一年は、人より四か月ほど短いのかもしれない。
配達員になったのは二〇〇五年、二十六歳のときだった。燃料店の先輩について、雪の降る町を一日中回った。タンクの蓋を開け、ホースの先のノズルを差し込み、ポンプのレバーを握る。満タンになると音が変わって、自動で止まる。覚えることは、それほど多くなかったように思う。
その先輩に、一つだけ、よく分からないことを言われた。「タンクを見るな。減り方を見ろ」。タンクのゲージを見れば、あといくら入るかは分かる。なぜそれではいけないのか。先輩は続けた。「先週と同じ減りなら順調だ。急に減らなくなった家は、何かあった家だ」。私はその意味を、しばらく考えていた。
雪の日の配達には、段取りがある。小型ローリーは、ホースの届く位置に停めなければならない。長すぎても短すぎてもいけない。凍った道では、玄関までの階段が一番こわい。窓の外には雪が降り積もり、町は白い静寂に包まれていた。その静けさの中を、私はホースを引いて歩いた。
独居の年寄りの家が、何軒もあった。そういう家では、給油のあとに集金がある。玄関先で、釣り銭を数えながら、二言三言の世間話をする。「今年は雪が早いねえ」。それだけのことだったと思う。だが冬のあいだ、定期的にその家を訪れるのは、私のような配達員だけ、ということも、この町では珍しくなかった。
ある一軒の家のことを、今でも覚えている。冬の初めから、毎週きっちり同じだけ灯油が減っていた家だった。それがある週、ほとんど減っていなかった。ゲージはまだ半分以上あった。先輩の言葉が、頭をよぎった。私は集金のついでに、玄関の戸を少し長く叩いた。中から、ゆっくりとした足音がした。風邪をひいて、何日か寝込んでいたのだという。「ストーブもつけずに寝てたよ」と、その人は笑った。
独居の年寄りの家の灯油の減りは、その家の暮らしの体温計なのだと、私は思った。減れば、ちゃんと暖まって暮らしている。減らない冬は、こわい。元気で灯油を使わないのか、それとも使えないでいるのか。ゲージの数字は、そこまでは教えてくれない。教えてくれるのは、減り方のほうだった。
その年のシーズン最後の配達の日、満タンにして、私はいつものように言った。「また十一月に」。年寄りの客は、玄関先で小さく手を上げた。春が来れば、私はこの町からいなくなる。でも、冬になればまた来る。それが灯油屋という仕事なのだと、その日、はっきりと分かった気がした。
あれから二十一年。私はずっと、減り方の観察者であり続けてきた。ホースの長さは、家とローリーの距離でしかない。けれど、あの先輩の言葉が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。タンクではなく、減り方を見る。それだけのことを、二十一年かけて、私はまだ続けている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。