ドームの、夜
山の天文台一年目、星を見るなと言われた夜

ホムラアサヒ(38歳・天文台の観測装置オペレーター15年)

天文台で観測装置のオペレーターを十五年やっている。研究者が出してくる観測プログラムに従って、夜通し望遠鏡と装置を動かす仕事だ。星を見るのが仕事だと人には言われる。けれど実際に夜中ずっと見ているのは、満天の星ではなく、ステータスの並んだモニターのほうだ。

就職したのは二〇一一年、二十三歳の春だった。標高千メートルの尾根に建つ古い天文台で、私は観測棟の夜のシフトに入った。日が落ちる前に、まずドーム内の温度を外気に合わせるために換気を始め、望遠鏡の電源を入れ、観測装置の冷却を確認していく。立ち上げの手順書は何ページもあって、一つ飛ばすと夜が始まらない。空がきれいだとか、そういうことを思う暇は、最初の半年はまったくなかったように思う。

初めて先輩と組んだ夜のことを、今でもよく覚えている。私はドームのスリットが開いた瞬間、つい上を見上げて、星に見入っていた。先輩は私の肩を叩いて、こう言った。「星を見るな。装置を見ろ。望遠鏡の調子は数字とモーター音に出る。星はモニターの中で十分だ」。星を見る仕事に就いたつもりの人間にとって、それは少し残酷な言葉のように聞こえた。

でも先輩は正しかった。私たちが扱っているのは星ではなく、時間だった。一晩の観測時間は、研究者が何年もかけて申請して勝ち取った、ひどく貴重な持ち時間だ。雲が出れば、湿度が上がれば、風が強ければ、その時間は容赦なく削られていく。ドームを開けるか閉めるかの判断は、星空の美しさとは何の関係もない。湿度が八十五パーセントを超えたら、鏡に露がつく前にスリットを閉じる。それが基準だった。

夜ごとに、星像のにじみ方が違う。大気の揺らぎのことをシーイングと呼ぶ。シーイングが良い夜は、モニターの中の星が小さな点に締まる。悪い夜は、同じ星がぼうっと膨らんで、いくつもに割れる。私は毎晩その数字をログに書いた。一・二秒、二・〇秒、三秒を超えると研究者から電話がかかってくることもあった。空のコンディションを、私は肉眼ではなく数字で読むようになっていった。

装置がトラブルを起こすのは、決まって深夜の三時ごろだった。フィルターホイールが途中で止まる。ガイド星を見失う。冷却系の温度が上がりはじめる。そういうとき、遠隔地でモニターを見ている研究者から、内線ではなく携帯に電話がかかってくる。受話器の向こうの声は、たいてい疲れていて、でも丁寧だった。私たちは深夜の電話越しに、見えない装置の様子を言葉だけでやりとりした。「いま何番のランプが点いてますか」「モーターの音、いつもと違いますか」。

仕事の合間に、月のない夜、私はときどきドームの外に出た。観測の切れ目、装置が次の天体に向くのを待つ数分間だ。そこには、モニターには絶対に映らない天の川が、尾根の上に大きく横たわっていた。あれほどの星空を、私はそれまで見たことがなかった、と言ってもいいだろう。けれどそれは仕事ではなかった。私はすぐにドームへ戻り、またモニターの前に座った。

明け方、東の空が薄く明るくなると、観測は終わる。私はドームのスリットを閉じ、装置を安全な状態に戻し、その夜のログを綴じる。外に出ると、世界はもう昼の側に回りはじめていて、私だけが夜の側から帰ってくるような気がした。昼夜が逆転した暮らしに、体が慣れるまでには一年かかった。それでも私は、この仕事が嫌いではなかったと思う。

あれから十五年、私はずっと、装置と空の両方の観察者であり続けてきた。星を見るな、装置を見ろ——あの夜の先輩の言葉が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。研究者の代わりに夜空へ望遠鏡を向け、その調子を数字とモーター音で聴き取る。星はモニターの中にいる。そして月のない夜には、ほんの数分だけ、外の本物の星を見上げる。それが私の、十五年だった。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。