ホムラアサヒ(38歳・天文台の観測装置オペレーター15年)
天文台で観測装置のオペレーターを十五年やっている。星を見ているのは夜の数時間で、残りはほとんど昼の仕事だ。観測者が帰った朝、私はドームを開けて装置の冷却を切り、昨夜のログを綴じる。星のない一日が、そこから始まる。
七年に一度、主鏡を下ろす年が来る。アルミの膜が曇って反射率が落ちると、鏡をセルごと吊り下ろし、クレーンでトラックの荷台に寝かせて、ふもとの蒸着室まで運ぶ。直径数メートルのガラスが、毛布にくるまれて山道を下りていく。古いアルミを剥がし、真空槽で蒸着し直して、二週間後に鏡が戻る。私が最初にやるのは反射率の測定だ。前回は八割まで落ちていた鏡が、九割を超えて返ってきた。その数字を見たとき、ようやく息をついた。
昼の仕事の中心は較正だ。薄明のうちに、ドーム内壁の白いスクリーンへ均した光を当て、フラットを撮る。検出器の感度ムラを、夜のデータから差し引くための一枚だ。波長較正は、アルゴンとネオンのランプを点けて輝線を撮る。ランプは点けてから二分ほど待たないと光が安定しない。その朝、いつものアルゴンの輝線が、前回より一画素ぶん右にずれていた。分光器のどこかが、夜のあいだに半画素動いた。私は較正をもう一度撮り直し、ずれをログに残してから、夜の観測者へ申し送った。
週末は見学ツアーが来る。ドームの前で来訪者を迎えると、いちばん多い質問はいつも同じだ。「夜は、何が見えるんですか」。私は、肉眼で覗く望遠鏡ではないんですよ、と前置きしてから言う。見えるのは、モニターのなかの小さな点と、光の量を表したグラフです。それでもこの装置は、十億年前にその銀河を出た光を、いま一個ずつ数えています、と。子どもより先に、付き添いの大人が黙る。
観測者が上がってくる日は、天文台は宿になる。宿泊室に布団を敷き、ストーブを入れ、夕食の鍋に火を入れる。遠くの大学から、長い申請を勝ち取って数夜の持ち時間を手にした人たちだ。観測のことだけ考えていられるように、私は鍋の火加減を見る。観測の準備とは別の場所で、私は彼らの一日を回している。
装置が不調を起こすと、メーカーの技術者が山に上がってくる。私は立ち会って、夜に出た挙動を言葉にして渡す。フィルターホイールが、いつもなら六拍で刻む音の四拍目で半拍遅れて止まったこと。技術者はカバーを開け、私には見えない内側のギアを指で送って確かめる。直ったかどうかは、その夜また、私がモニターの前で六拍を数えて確かめることになる。
夕方、日が傾くと天気判断の会議がある。気象衛星の赤外画像、上空の風、湿度の予報を、観測者と私とで並べて見る。西から来る雲が、尾根に届くまであと何時間か。観測者がこちらを見る。私は画像をもう一度更新して、数字を確かめてから言った。「今夜は閉めます」。勝ち取った持ち時間が、そこで静かに消えた。観測者は小さくうなずいて、宿泊室へ戻っていった。私はドームを閉じたまま、明日の較正の段取りを書き始める。