ホムラアサヒ(38歳・天文台の観測装置オペレーター15年)
天文台で観測装置のオペレーターを十五年やっている。十二月から三月まで、夜は星より先に雪から始まる。出勤して最初にやるのは、観測ではなく、ドームの氷を割ることだ。
冬の最初の仕事は、スリットの氷だ。日中に降った雪が、日没で気温が下がると合わせ目で凍る。厚いところで二、三センチ。長柄の金属ヘラを縁に当てて体重をかけると、氷はガッ、と一枚に剥がれ、樋を滑って下で割れる。ここを抜くのに、寒い夜は二十分かかる。手袋を外さないとヘラが滑るので、素手でやる。終わるころには、外気は氷点下なのに、防寒着の内側だけ汗で湿っている。
氷が抜けないと、スリットは開かない。開かなければ、その夜の観測時間はまるごと消える。研究者が何年も申請して勝ち取った持ち時間が、合わせ目の二センチの氷ひとつで削れていく。だから私は、寒い日ほど早く山へ上がる。日没前に氷を割っておかないと、夜が間に合わない。
冬は鏡の管理が全てだ。主鏡に霜が一度降りれば、その夜は終わる。だからドーム内は暖めない。観測室にだけ小さなヒーターを置き、ドームそのものは外気に合わせて冷やしておく。鏡と空気のあいだに温度差があると、鏡面で露が結ぶ。私はその夜、観測室の温度計を見て、ドーム側の二台目の温度計と二度以上開いていないことを確かめてから、スリットを開けた。星を凍らせないために、自分のいる側だけを暖め、鏡のある側は凍えさせておく。
冬の空は、夏より締まる。あの夜、外気はマイナス十五度、ガイド星のログにはシーイング〇・八秒と書いた。一年で数えるほどしか出ない値だ。モニターの中の星は、にじみもせず、針で開けた穴のように小さく点っていた。良い空と低い気温は、同じ計器の上に並んで出る。〇・八秒の夜は、たいていマイナス十度を下回っている。私は寒さを、温度計とシーイングの二つの数字で読むようになっていた。
その夜は大雪の予報だったので、最初から泊まり込みで上がっていた。四駆にチェーンを巻いて、ふもとから尾根まで一時間。仮眠室には寝袋とカップ麺が積んである。雪雲のレーダーと気象衛星の赤外画像を、観測室のサブモニターに並べて出す。西から来る雪雲が尾根に届くまで、画像の更新で十分刻みに距離を測る。鏡が濡れる前にスリットを閉じる——その判断を、私は空ではなく二枚の画像でしている。あと一枚分の更新で雲が来ると読んで、私はスリットを閉じた。研究者の時間が、そこで切れた。
雪雲が抜けたのは、明け方近くだった。放射冷却で気温はマイナス十八度まで落ちていた。閉じていたスリットをもう一度開け、装置を立て直すあいだの数分、私はドームの外へ出た。雪原は新しく、足を下ろすとキュッと締まって鳴った。睫毛の先がすぐに凍って、瞬きが重くなる。尾根の上に、夏には見たことのない密度で星が出ていた。私は数えるのをやめて、〇・八秒だ、と思った。それからドームへ戻り、研究者の残り時間に間に合わせるため、急いでモニターの前に座った。