夕方、引き取りに来る軽トラ
直売所一年目、棚の采配を覚えるまで

ホリグチサヤ(44歳・道の駅直売所スタッフ15年)

道の駅の直売所で働いて十五年になる。うちの店は、値付けも袋詰めも生産者がする。レジを打ち、棚を整え、生産者コードのバーコードシールを精算書と突き合わせるのが私の仕事だ。何を幾らで売るかは私が決めない。私に決められるのは、誰の野菜をどの棚に置くか、その一点だけだったと思う。

うちの店には、売れ残った野菜を夕方に生産者自身が引き取りに来る、という決まりがある。委託販売だから、売れ残りは店のものにはならない。閉店前、生産者が軽トラでやって来て、自分の棚に残ったものを箱に戻して持ち帰る。それだけの、事務的な仕組みだ。

入社一年目の春だった。夕暮れの駐車場に、一台、また一台と軽トラが入ってくる。私はその時間帯に初めて立ち会った日のことを、よく覚えている。茜色の空の下、エンジンの音が静かに重なって、なんとも言えない情緒があったように思う。

立ち会ってすぐ、私はあることに気づいた。引き取りに来るのは、いつも同じ顔ぶれなのだ。売れた棚の生産者は、来ない。来る必要がないからだ。軽トラで駐車場に入ってくるのは、売れ残った棚の生産者だけ。誰が今日売れて、誰が売れなかったか——それが、夕方の駐車場に並ぶ軽トラの数だけ、まる見えになる。残酷なくらい、見えてしまう仕組みだった。

その日、八十代の生産者が一人、自分の棚の前に立っていた。朝、誰より早く搬入の順番待ちに並んでいた人だ。その人が、売れ残ったキュウリの袋を、一つ、また一つと、黙って箱に戻していた。値段のシールも、袋の口を留めたテープも、ぜんぶその人の手のものだった。それを、その人の手が、また回収していく。何も言わずに。

私は何かしたかった。でも、何もできなかった。値付けはその人がする。袋詰めもその人がする。見切りで安くするにも、閉店一時間前に生産者へ電話して許可を取る決まりで、勝手にはできない。スタッフにできるのは、棚の位置を決めることだけ。私はその人の箱を、ただ見ていた。

次の朝から、私は棚を見る目が変わった。目の高さの棚はよく売れて、しゃがまないと取れない一番下の棚は、同じ野菜でも残る。それは情けでも実力でもなく、ただの高さの問題だった。私はその高さを、毎朝、配り直すようになった。誰の名前のシールを、どの高さに置くか。私にできるのは、それだけだったのかもしれない。

あれから十五年。私は棚の前で、生産者の名前シールと、その売れ行きを、ただ見続けてきた。規格外品コーナーの曲がったナスがいつ動くか、雨の日に何が残るか、棚の高さで一日がどう変わるか。あの夕暮れの駐車場に並んだ軽トラの荷台が、私をいまの私にしてくれた。棚の空き具合を見れば、いまでも里の一年が読める。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。