サイトウアヤ(求人広告観察者)
一度は任せた案件で、部下が致命的なミスを犯した。提出期限前日、共有された資料は穴だらけ。クライアントへの説明は、部下ではなくサイトウが頭を下げた。現場の空気は冷え切り、凍りつくような沈黙が続く会議室で、サイトウはただ現実を受け止めるしかなかった。
それから、サイトウはその部下への仕事の割り振りを意識的に減らした。重要な部分、直接クライアントと関わるような業務は、他のメンバーに回すか、自身で引き受けた。彼が手掛けるのは、影響範囲の小さい、定型的な作業に限られた。それは、信頼という見えない糸が、音もなく切れてしまったような感覚だった。
三ヶ月が過ぎた。部下は目に見えて変わった。以前にも増して早く出社し、深夜まで残って作業する日も増えた。資料の提出は期日より早く、内容も細部まで確認されている。他のメンバーからの評判も上々だ。新しい提案も積極的に行うようになり、その真摯な姿勢は誰の目にも明らかだった。
サイトウの頭の中では、もう一度彼に大きな仕事を任せても問題ない、そう判断していた。理屈では、十分な時間が経ち、彼の努力も報われている。しかし、実際に彼のデスクに案件を置こうとすると、指先が小さく震えるような、ごくわずかな、しかし確かな躊躇が残った。過去の記憶が、薄い膜のように思考を覆う。
新人の頃、サイトウ自身も似たような経験をした。ある上司から、一度失敗して以来、簡単な仕事しか任されなくなった時期があった。その上司は何も言わなかったが、サイトウは肌で感じていた。簡単な資料作成やデータ入力ばかりを任される毎日。いつしか、自分には期待されていないのだと、そう悟った。
その時の、胸の奥に残る重い感覚を、サイトウは鮮明に覚えていた。
部下は今、サイトウの目の前で、新しい企画書を真剣な顔で作成している。その背中を見つめながら、サイトウはゆっくりと息を吐いた。彼の努力は本物だ。その事実に疑いはない。だが、一度生じたひびは、元通りになるまでに、これほど時間がかかるものなのか。サイトウはただ、その遅延の先に、いつか確かな光が差すことを、静かに待つしかなかった。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。