イクタロウマ(39歳・霊柩車の運転士14年)
葬儀の日が雪になると、運転士は前日のうちに火葬場へ行く。確かめるのは天気ではない。最後のアプローチの坂が、何時に溶けているかだ。北向きの斜面は朝のうち陽が当たらず、凍る。前を行く配送のトラックの轍がどこで白く途切れるかを見て、通れる時刻に見当をつける。経験で読む、というのはこういうことだ。
その見当を持って、私は電話を入れた。坂が溶けるのは正午前後です、出棺を三十分ずらせませんか。葬儀社が火葬場に確認をとり、火葬場が受付の枠を組み替え、菩提寺の住職が読経の開始を遅らせた。時間をずらす交渉は、坂を下見した私の一言から動きだす。受話器の向こうで、いくつもの予定が静かに組み替わっていった。
朝、駐車場でチェーンを巻く。白手袋はまだはめない。タイヤの裏に回した指が、鉄のチェーンの冷たさで先に動かなくなる。ラチェットの留め具がかじかんだ親指で噛みにくい。一度掛けて車を半メートル出し、緩んだぶんをもう一度締める。雪が、軍手の縫い目から染みて手首まで濡れた。白手袋は、これが終わってからだ。出発のとき、手は綺麗でなければならない。
雪の日は、車間を五台分にする。普段は三台分のところを、倍近くまで開ける。後続の遺族の車は、雪道に慣れていない。たまの雪に、慣れない足でブレーキを踏む。私が急に停まれば、そのぶんだけ後ろが詰まる。先頭の速度が、車列全体の安全を決める。私が握っているのは、ハンドルの先の流れ全体だ。前作で覚えたことを、雪の日はもう一度、足の裏で確かめる。
坂のアプローチの手前で、速度を抜いた。前日に読んだとおり、北向きの斜面はまだ白く残っていた。タイヤがチェーンを噛んで、雪を押し固めながら、一定の速度で登る。ミラーに、後続の車が映っていた。私の轍をなぞって、一台、また一台、登ってくる。
その日は、一時間遅れた。火葬場の待合室で、遺族と一緒に順番を待った。窓の外で、雪はまだ降っていた。誰も時計を見なかった。喪主が私のところへ来て、こう言った。「ゆっくりで良かったです」。私は白手袋をはめた手で一礼した。手袋は、まだ冷たかった。
十四年で、雪の日は何度もあった。順調に着いた日のことは覚えていない。覚えているのは、白く途切れる轍と、五台分の車間と、軍手の縫い目から染みた水の冷たさだ。坂を下見し、電話を入れ、車間を開ける。遅れられない時刻を、半時間だけ後ろにずらす。後ろが静かであればあるほど、足はそっと動く。今日も、坂の溶ける時刻を読みながら、私はハンドルを握っている。