アレルギー対応トレーの、青いラップ
一人のための一食を、毎日つくる

イノウエミドリ(47歳・学校給食調理員25年)

八百人分のおかずは、回転釜ひとつで足りる。けれど、一人分のおかずには、専用の片手鍋がいる。アレルギー対応食は、八百人と同じ釜では作れない。卵を抜く、乳を抜く、小麦を抜く。抜いた一食を、青いラップで包む。調理場でいちばん緊張するのは、いちばん小さいその一食だ。

朝、検収室のあとに、私はまず除去食指示書を壁から外す。保護者と栄養士と担任が判を押した紙だ。今日の献立のどこに卵が入り、どこに乳が隠れているか、赤い丸で囲ってある。一行ずつ指でなぞって読む。グラタンのルウ。鶏そぼろのつなぎ。見落とせば、取り返しがつかない。

対応食は、いちばん小さな片手鍋で作る。直径十八センチ。八百人を混ぜるスパテラはここでは使わない。木べらを一本、対応食専用にしている。柄に油性ペンで印をつけてある。同じ鍋、同じへら、同じまな板。一般食の卵が一粒でも飛んでこないように、調理台の端をアルコールで拭いて、そこだけ別の国のようにして作る。

出来上がったら、青いラップをかける。透明ではなく、青。遠目にも一目でそれとわかる色だ。その上に、名前と除去品目を書いたカードを置く。
三年一組 ○○○○ 卵・乳除去。
毎朝、私はこのカードを手で書く。印刷ではなく、手で。書くたびに、その子の名前を一度声に出さずに読む。

青いラップをかけ終えると、栄養士さんと二人で指差し確認をする。指示書の品目、トレーのカード、鍋に入れた材料。三つを順に指で差して、声に出す。「卵・乳、除去。よし」。二人の声がそろわなければ、最初からやり直す。この仕事に、勘や手早さで進める工程はひとつもない。確かめて、確かめて、もう一度確かめる。

配膳の前に、検食を取る。校長先生が全部の献立を先に食べて、異常がないか確かめる決まりだ。対応食も一口、別の皿に取り分ける。私はそのとき、ふと思う。この仕事の成功は、「おいしい」ではないのだと。今日も何も起きなかった。それがこの一食の、たったひとつの合格点だ。おいしいと言われることを、私は最初から期待していない。

一度だけ、ヒヤリハット報告書を書いたことがある。配膳員さんへの引き継ぎのとき、青いトレーをワゴンの上段に載せ忘れて、一般食の列に置きかけた。誰も口にする前に気づいた。何も起きなかった。それでも私は報告書に、その三十秒を一部始終書いた。何も起きなかった日のことほど、丁寧に残しておかなければならない。

私は、その子の顔を知らない。配膳室から先へは入れないから、青いトレーを受け取る手も、食べている口元も見たことがない。それでも、六年間、毎日その子の名前を書いた。一年生のひらがなの名前が、三年で漢字になり、六年でしっかりした字面になっても、私の書くカードの中ではずっと同じ子だった。卒業の三月、その名前は献立表の除去欄から、すっと消えた。

給食を作る仕事は、たくさんの子を喜ばせる仕事だと思われがちだ。でも本当は、たった一人の一日を、何も起こさずに見送り続ける仕事でもあるのだと、いまでは思う。あの青いラップが、この仕事のいちばん重い一食なのだ。検収室の朝は、今日も六時半に始まる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。