食缶が空で返ってきた日(第二稿)
調理員一年目、検収室で覚えたこと

イノウエミドリ(47歳・学校給食調理員25年)

角形の保温食缶は、空で四・二キロある。八百人分のおかずを満たせば二十数キロになる。配膳室に戻ってきた食缶を持ち上げれば、手のひらが先に答えを言う。重い、軽い。子どもの顔は調理場からは見えない。私が二十五年見てきたのは、戻ってくる食缶の重さだけだ。

二〇〇一年、二十二歳で採用された年だった。検収室で野菜の鮮度を確かめ、回転釜に火を入れ、スパテラでおかずを混ぜる。仕事の終わりに残菜を計り、クラスごとの記録簿に数字を書く。給食の現場は、味でも笑顔でもなく、グラムで回っている。

六年二組の記録簿だけ、私の字が並んでいなかった。残菜、千二百グラム。千五百グラム。八百グラム。一日として空にならないクラスだった。味付けか、量か、盛りつけか。調理場から教室は見えない。記録簿の数字だけが、毎日こちらを向いていた。

六月のある日、六年二組の食缶を計りに載せた。四・二キロ。空缶と同じだった。底に煮汁が薄く張っているだけで、計りの針は動かなかった。私は記録簿のその欄に「0」と書いて、しばらく針を見ていた。前の日まで、ここには四桁が並んでいた。

その日の献立は、切り干し大根の煮物だった。カレーでも揚げ物でもない。茶色くて地味で、私が回転釜で煮るとき、いちばん残ると見込んでいたおかずだ。多めに作る献立ではない。それが、二組だけ、底まで消えていた。

先輩に記録簿を見せた。残菜を計る計りを布巾で拭きながら、その人は数字を一瞥して言った。「理由は教室にしかないよ」。それだけだった。私は理由を探しに教室へは行けない。調理員は配膳室から先へは入れない。「0」が何を意味するのか、私には永遠に確かめようがなかった。

あれから二十五年。直した献立も、増やした量も、覚えていない。覚えているのは計りに載せた重さのほうだ。色別トレーを並べ、検収室で大根の箱を開けるたび、私は思い出す。四・二キロ。針が動かなかった日。記録簿の「0」。理由は、いまも教室の中にある。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。