イソベケイタ(36歳・自販機補充員14年)
自販機を見るとき、私はまず売切ランプを見る。次に釣り銭の残り、それから列ごとの減り方を見る。客の顔は見ない。十四年やってきて、自販機の前に立っている客に出くわしたことは、両手で数えられるくらいしかない。それでも私は、その機械を使う人たちがどんな好みかを、たぶん誰より知っている。
秋の気配が街に降りてくると、私たちの仕事にひとつ作業が増える。コラムの切り替えだ。自販機の中は商品の列——コラムと呼ぶ——に分かれていて、その何本かを「つめた〜い」から「あったか〜い」に切り替える。加温と冷却は同じ庫内でやれない。だから一本いっぽん、どの商品を温めるかを決めて、機械の設定を変えていく。
初めてその作業をやったのは、二〇一二年の十月だった。補充員になって半年、ようやく一人でルートを任されはじめた頃だ。先輩から渡された切り替え表には、設置場所ごとに「いつ」「何列」温めるかが書いてあった。工場の前の機械は早め。駅前は遅め。理由を聞いたら、先輩は「通勤の客は十月でも冷たいの買うんだよ」と言った。
その意味が、はじめは分からなかった。寒くなれば温かいものが売れる、それだけのことだと思っていた。けれど駅前の機械を切り替えるのを一週遅らせて、翌週の売上データを見たとき、なるほどと思った。朝の時間帯、駅前ではまだ冷たい缶コーヒーがよく出ていた。走ってきて、ホームで一息つく前の客は、熱いものを持ちたくないのかもしれない。
切り替えという作業は、答え合わせができる。今週どの列を温めたか、翌週の売切ランプと補充の数字が教えてくれる。早すぎれば温かいのが売れ残り、遅すぎれば冷たいのが売り切れて、温かいのを置くべき列が空のまま冷たいのを売り続ける。私は表の通りにやりながら、少しずつ、表に書いていない加減を手帳に書き足していった。
会わない客のことを、私は数字で知っていく。この機械は缶よりペットが出る。ここは無糖が増えた。ここは夕方に甘いのが動く。補充の積み込み順も、それに合わせて変えていった。よく出る列を手前に、重いペットを下に。一日に回る台数は決まっているから、機械の前で迷っている時間はない。釣り銭を補充し、空いた列を埋め、ランプを確かめて、次へ行く。
あの十月の駅前の機械のことは、よく覚えている。冷たいコーヒーを買っていく顔の見えない通勤客たち。私は彼らに一度も会っていないのに、彼らがまだ夏の続きを飲みたがっていることを、売れた本数で知っていた。無人の店の店番をしているような気持ちだった、と言ってもいいかもしれない。
それから十四年、私はずっと列の売れ方を見てきた。切り替えの季節になると、いまでも少し緊張する。あの最初の十月に、温度をひとつ切り替えるという作業が、私を観察者にしてくれたのだと思う。客に会わなくても、人のことは分かる。数字の向こうに、たしかに誰かがいる。今日もルートの自販機が、私の知らない誰かを待っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。