ナカジマサチ(44歳・女性・地方都市在住。二十数年前のデビュー時からのファン。「推し」という語が無かった頃からの一人)
当落の発表は、いつも正午だった。その時間になると、私は職場の昼休みにトイレの個室へ入り、会員番号でログインした。ページが重い。何度か読み込み直して、ようやく「お申し込みの公演について」の一行が出る。その下を読む前のコンマ何秒が、二十数年、私の昼を支配してきた。当選なら席種を確かめ、落選なら何も言わずスマホを伏せて、午後の仕事に戻る。それだけのことを、年に何度も繰り返してきた。
十周年のドーム公演のとき、私は長女を産んだばかりだった。当落のことを思い出したのは、申し込んだ自分すら忘れていた頃に届いた、落選の通知メールでだ。「このたびはご希望に添えず」。授乳の合間にそれを読んで、ああ申し込んでいたのか、と思った。当たっていたら、生後二か月の子を誰に預けて、新幹線に何時間乗るつもりだったのか。当たらなくてよかった、とは思わなかった。当たらなかった、とだけ思った。
それから、子どもの行事と当落が重なる年が続いた。運動会の前夜に当選して、誰にも言えないまま弁当の下ごしらえをした晩がある。下の子の入院と遠征が重なって、名義だけ友人に貸した年もある。私はチケットの結果を、手帳の隅に小さく付けていた。○と×。家計簿でも育児日記でもない、私だけのもう一つの記録だった。
二十周年の全国ツアーで、地元のドームが当たった。十数年ぶりの当選だった。子どもにはもう手がかからない。隣の席で、私は二十年分の振り付けを、ほとんど間違えずになぞれた。その数か月後に、活動休止が発表された。当てたばかりの私の手元には、まだあと何度かあるはずだったアンコールを、途中で閉じられたような感覚だけが残った。
そして今年、解散が決まった。最後の公演は、希望者は全員入れるのだという。当たるか外れるかで数えてきた私の昼に、もう抽選はない。外れる心配のいらない知らせを、私は座ったまま、しばらく読み返していた。
発表の翌日の正午、私はいつものようにスマホを開いていた。確かめる癖が、指のほうに残っていた。確かめるものは、もうないのに。引きたくなかった当たりくじ、という言い方をどこかで見かけて、うまいことを言う人がいる、と思った。でも私のは、くじですらなくなったのだ。昼休みが、ただの昼休みに戻る。それだけのことに、私はまだ慣れていない。