サカモトミユ(高校生・女性。物心ついた時にはあの五人が「国民的」だった世代)
日曜の夜、居間のテレビで特番をやっていた。解散する五人の、昔の映像。母はソファの真ん中で見ていた。途中から、鼻をすする音がした。リモコンを握ったまま、もう片方の手で目の下を押さえている。ティッシュの箱は、母の膝の上にあった。わたしは少し離れた床に座って、スマホを見るふりをしながら、母を見ていた。
わたしにとって、あの五人はずっとそこにいた。物心ついたときにはテレビにいて、町のポスターにいて、当たり前の景色だった。母が古い映像を見せようとしたことが、何度かある。正直、退屈だった。同じ顔の、少し若いだけの人たちが歌っているのを、最後まで見たことはない。母がなぜそれを律儀に保存しているのかも、よくわからなかった。
だから、母が泣いているのが不思議だった。母が泣くのを、わたしはほとんど見たことがない。叱るときも、疲れているときも、母はだいたい平らな顔をしている。その母が、テレビの中の、わたしには区別もつかない五人を見て、声を出さないように泣いている。画面を見る母の目は、わたしの知らない、どこか遠くを見ていた。
わたしには「いつもいた」五人が、母には「いつもいた」わけではないのだ、とそのとき思った。母にも、わたしが生まれる前の時間があった。その人たちと一緒に若かった時間が。わたしはその時間を、一秒も知らない。母の隣に十六年いて、わたしは母のその部分を、一度も見たことがなかった。
何か言ったほうがいいのか、と思った。でも、かける言葉が見つからない。「大丈夫?」は違う気がした。母は大丈夫だし、わたしが心配するようなことでもない。隣の部屋へ行くのも、なんだか逃げるようでできなかった。わたしは結局、何も言わずに、スマホの画面に目を戻した。床に座ったまま、母の鼻をすする音だけを聞いていた。
特番が終わると、母は立ち上がり、丸めたティッシュを捨てて、いつもの平らな顔に戻った。「お風呂、先に入っちゃって」。いつもの声だった。わたしは「うん」と答えた。母が泣いていたことには、どちらも触れなかった。脱衣所で服を脱ぎながら、わたしはまだ、さっき母が見ていた遠くのことを考えていた。それがどんな景色なのか、わたしには見えない。母にしか、見えないのだと思う。