タケウチソウタ(16歳、高校2年)
体育館はむっとした熱気と汗の匂いが混じり合う。床を軋ませるバッシュの音、ボールがリングに当たる乾いた音。練習終盤、肺が張り裂けそうだった。このチームの二年目。先輩との距離感は掴んでいたつもりだ。ただ一人、どうしても馴染めない先輩を除いては。
その人は常に指示が高圧的で、機嫌が悪い日は、あからさまに俺たちを無視した。一度そう思い込むと、先輩の声も、パスを出す手つきも、すべてが神経を逆撫でするように感じられた。喉の奥に何かがつかえているような、息苦しさがいつもあった。
「次、サイドから!」練習はまだ終わらない。疲労で視界の端が揺れる中、先輩の声が頭に響く。声の調子が、俺には命令そのものに聞こえた。コートの真ん中、その先輩の足元にボールが跳ねた。拾う気になれず、しばらく立ち尽くす。
あの日、同級生のヤマグチがロッカールームでポツリと言った。「あの先輩、意外と優しいとこあるんだよな」
「この前の試合前、俺の靴紐が解けてさ。気づいたら、何も言わずにしゃがんで結び直してくれてたんだ。ぶっきらぼうだけど、ああいう人だよ」
俺はすぐに言葉が出なかった。ヤマグチの足元。先輩がかがむ背中。そんな光景があったのか。全く思い当たらない。俺は何も見ていなかった。
記憶を探る。あれはアップが始まる前だったか。体育館の端で、確かに先輩がヤマグチに何かしていた。あの時、俺の目はコートの向こうにいた。意識は別の場所に飛んでいた。先輩の背中は、その時もただの「先輩の背中」でしかなかった。その手つきが、靴紐を結ぶ仕草だったと、今言われても信じられない。俺の目に映ったのは、別の何か、たとえばヤマググチを𠮟りつけている場面だと、勝手に都合よく作り替えていた。
ヤマグチの言葉は、頭の中をかき混ぜる。あの冷たいと思っていた先輩の、別の側面。それは俺の視界にはずっと入っていなかった。というより、俺が、そうさせなかった。靴紐を結ぶというささやかな行為ひとつ、優しさとして受け止められなかった。今も体育館の蛍光灯は、変わらず俺たちの頭上で白く輝いている。