期限は、四日
薬局事務一年目、紙の観察者になるまで

カミヤリツコ(46歳・調剤薬局事務22年)

調剤薬局の事務を二十二年続けている。私の仕事は、患者さんが持ってくる処方箋という一枚の紙を受け取り、内容を確認し、点数を計算し、控えを綴じることだ。薬を調えるのは薬剤師の領分で、私は紙の出入りだけを見ている。けれど、紙の出入りを二十二年見ていると、町の健康が少しだけ見えてくる気がする。

処方箋には有効期限がある。発行日を含めて四日。法律でそう決まっている。土日や祝日も数に入る。医師が処方箋を書くのにかかる時間は、たぶん二分もない。けれど、その紙が効力を持っているのは、たった四日だけだ。書くのは二分、効くのは四日。この非対称が、いまでも不思議に思える。

二〇〇四年の春、私は事務一年目だった。窓から差し込む光の中で、薬局の白い棚が静かに並んでいて、調剤室からはいつも錠剤を数える小さな音が聞こえていた。私はレセプトの点数計算を覚えるのに必死で、保険証の確認も、お薬手帳のシールの渡し方も、まだ手が慣れていなかったように思う。

その日、初老の男性が処方箋を持ってきた。受付に出した紙を見て、私は指が止まった。発行日が、五日前だった。期限は四日。一日、過ぎていた。私はカウンターの内側で、どう言えばいいのか分からないまま、たぶん数秒、黙っていたのだと思う。

「申し訳ありません。この処方箋は、期限が切れておりまして。お医者様に、もう一度書いていただく必要があるんです」。やっとそれだけ言うと、男性は「えっ」という顔をした。紙はここにあるのに。お金も払うつもりで来たのに。それなのに、薬は出せない。男性の「えっ」は、責めるでもなく、ただ理解が追いつかない、という顔だった。

男性は結局、もう一度病院へ戻っていった。同じ病院、同じ医師、同じ薬。けれど、紙が一日古いというだけで、すべてをやり直さなければならない。書いたのは医師で、二分。待つのは患者で、三十分。効力は、四日。私はその日、四日という数字を、初めて重さのあるものとして見たのだと思う。

それから二十二年、私はずっと処方箋という紙の観察者だった。月曜日には束が厚くなる。土日に医者にかかれなかった人が、まとめて来るからだ。連休の前日には、駆け込みが増える。ジェネリックへの変更可否の欄に、署名がある紙とない紙がある。指サックをはめて束をめくっていると、その町が先週どんなふうに体調を崩したのかが、なんとなく分かる。お薬手帳を忘れましたと言う常連さんには、シールを一枚、黙って渡す。次に貼ってくださいね、と。

私は薬の効能は語らない。それは薬剤師の領分で、私の領分ではないから。私が見ているのは、紙が町を出入りするその速さと向きだけだ。けれど、紙の動きには、人の暮らしが正直に映る。観察するということは、こういうことなのかもしれない。

あの「えっ」という顔から、もう二十二年が経った。期限は今も四日のままだ。あの日の四日という数字が、私をいまの私にしてくれた。薬局の白い棚は、今日も静かに並んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。