カモシタリエ(33歳・歯科衛生士11年)
歯科衛生士の仕事は、測ることと、訊くことだ。診断は歯科医師がする。私はプローブで歯周ポケットの深さをミリで読み、染め出し液で磨き残しを赤く出し、スケーラーで歯石を取る。所見はカルテの歯式に、6番、7番、近心、遠心と、歯の番号で書き込む。私が会う人の多くは半年に一度しか来ない。だから私が知っているのは、その人の暮らしではなく、口の中の半年だけだ。
口の中には半年が残る。前回6番の遠心だけ毎回赤く染まっていた人が、今回はそこが白い。逆に、これまできれいだった下の前歯の裏が、急に染まる。利き手や、その半年の暮らしのリズムが、磨き残しの位置を変える。着色も残る。前歯のふちに茶色が乗りはじめれば、コーヒーが増えた半年だ。煙草の着色は色が違い、黒く、歯の根もとに溜まる。犬歯の先が平らに削れていれば、夜のあいだの食いしばりが進んだ半年だ。本人は眠っているから、それを知らない。
一年目の冬。半年ごとに来る四十代の女性のユニットに、私は座った。前回のカルテを見てから口を開けてもらう。最初に気づいたのは、磨き残しはむしろ減っていたことだ。染め出しても、赤くなる面が前より少ない。それなのに、歯ぐきが赤く腫れていた。
プローブを当てた。前回そこは2ミリだった。今回は4ミリで、当てるとすぐに出血した。隣の歯も、その隣も。磨けているのに、歯ぐきだけが荒れている。私の手の中で、その二つがどうしても噛み合わなかった。歯石の付き方も前回と変わらない。磨き方の話では、説明がつかなかった。
病名は言えない。それは歯科医師の領分で、私の口からは出せない。でも、測った数字は私のものだ。私は出血した部位を一通りチェックし終えて、スケーラーをいったん置いた。そして、「最近、お忙しいですか」とだけ訊いた。
その人は、少し驚いた顔でこちらを見た。それから、ぽつりぽつりと話した。母親の介護が始まったこと、夜あまり眠れていないこと、気づくと奥歯を噛みしめていること。私は相づちを打ちながら、また染め出しの赤と、4ミリの出血を思い返していた。本人がいま言葉にしたことを、口の中は半年前から書きはじめていたのだ。
その日、私はカルテの歯式に、ポケットの数値と出血の印を、いつものように書き込んだ。「最近お忙しいですか」とは書かなかった。書く欄がない。担当の歯科医師には、磨き残しは減っているのに歯ぐきの状態が前回より悪いこと、ポケットが深くなっている部位を、数字で伝えた。判断はそこから先の人の仕事だ。
あれから十一年。私が測ってきたミリは数え切れない。覚えていない数字のほうがずっと多い。覚えているのは、磨けているのに4ミリだった、あの矛盾だ。口の中は、本人より半年早く、もう知っている。私にできるのは、それを測って、ひとこと訊くことだけだ。