洗いの、麩
弟子入りの年、残るものを揉むと決めるまで

カスガトモエ(47歳・生麩職人25年)

生麩を作る仕事を二十五年続けている。毎朝、小麦粉を水の中で洗う。粉を練り、桶の水に沈めて、ひたすら揉む。澱粉が溶け出して水が白く濁り、その水を捨てて新しい水に替え、また揉む。流せるものを流し終えると、最後に手のひらの中に、糧の芯のようなものが残る。それが麩になる。

二〇〇一年の春、京の老舗に弟子入りした。二十二歳だった。古都の朝はまだ底冷えがして、店の奥の作業場には、蒸し上がる麩のほのかに甘い匂いが静かに満ちていた。親方は無口な人で、最初の数ヶ月、私はただ桶の前に立たされて、水の濁りを見ていた気がする。

ある朝、親方が桶の縁に手をかけて、ぽつりと言った。「麩は引き算や。粉から流せるだけ流して、残ったもんが麩になる」。それだけだった。足し算ではなく、引き算。何かを加えて作るのではなく、削って削って、残るものを見る仕事なのだと、そのときはまだ意味がよくわからなかったように思う。

揉み洗いは、終わりが目に見える。白く濁っていた水が、何度も替えるうちにだんだん澄んでいく。濁りが出なくなれば、もう流すものはない。手の中に残るのは、ぐっと締まった弾力のかたまり。指で押し返してくる、生きもののような手応え。澱粉という、いちばん量の多いものを捨てて、いちばん残したいものだけが手に残る。

水の温度に、季節がそのまま出る。夏の水はぬるく、洗っているうちにグルテンがだれて、締まりが緩くなる。冬の水は刺すように冷たくて、手の感覚がなくなるほどだけれど、そのぶんグルテンはきりっと締まる。同じ粉でも、夏と冬では別の麩になる。温度を読めるようになるのに、何年もかかった。

洗い上がったグルテンに、もち粉を合わせて蒸す。もち粉の割合で、生麩の柔らかさが決まる。多ければねっとりと、少なければ歯切れよく。蒸し時間との兼ね合いもあって、配合は数字ではなく、その日の手が覚えている。よもぎを練り込めば緑の麩、粟を合わせれば粟麩。料亭の注文に合わせて、紅葉や手毬の形に細工する。秋には紅葉、正月には手毬。麩の細工は、京の四季の便りのようなものだった。

納品先の料理人と話すのも、私の仕事だった。「この麩は田楽に」「これは炊き合わせの椀種に」。私の作った麩が、どんな器の中で、どんな出汁を吸って客の前に出ていくのか。料理人の言葉で初めて知る。作る側にいると、麩がその先でどう生きるかは見えない。使われ方を聞いて、ようやく自分の仕事の輪郭がわかる気がした。

生麩は日持ちしない。その日に作ったものは、その日のうちに使われる宿命だ。冷蔵してもせいぜい数日で、本来は朝作って夕に届ける生もの。だから仕事は毎日、その日の分しかない。昨日の麩は今日にはもうない。明日の麩は明日洗う。残らないものを、毎朝あたらしく残し続ける。

あれから二十五年。私は気づけば、残るものの観察者になっていた。流せるものは流し、削れるものは削って、最後に手の中に残ったものを見つめる。それは麩だけの話ではない、と近頃は思う。あの弟子入りの年に教わった引き算が、私をいまの私にしてくれた。今朝も私は桶の前に立ち、水が澄むまで、ただ揉んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。