カヤノフミ(49歳・中学校の理科準備室助手23年)
夕暮れの準備室で、私は古い段ボール箱を棚の奥から下ろす。窓からは茜色の光が斜めに差し込んで、ガラス器具の縁を静かに光らせている。箱の中には、もう何年も使っていないアルコールランプが二十個、肩を寄せ合うように並んでいる。アルコールの、あの甘いような匂いは、もうしない。
私が助手になったころ、加熱の実験はアルコールランプだった。授業の前に、私は二十個のランプにアルコールを注ぎ足す。口のところまで入れてはいけない。七分目だ。入れすぎたランプは、火をつけたとき炎が立ちすぎる。私は漏斗の先を見ながら、二十個ぶんを七分目で止めていく。注ぎ足しの一時間は、私の一日の始まりだった。
芯も、私が替えた。使ううちに先が炭になって短くなる。ピンセットでつまんで引き上げ、新しい芯を口金に通す。出す長さは五ミリ。長すぎると炎が大きく揺れ、短すぎると火が消える。二十個の芯を五ミリに揃えると、棚に並んだランプの背丈がそろう。そろった列を見るのが、私は好きだった。
けれど、いちばん手のかかる時間は、授業の前にあった。マッチである。生徒の多くが、マッチを擦れない。だから加熱の単元の最初の時間は、マッチを擦る練習から始まった。先生が黒板の前で擦ってみせ、私は廊下で、箱を山ほど抱えて待っている。折れた軸が、ひと授業で何十本も出た。火を見るより前に、火をつけることを、子どもたちは習った。
やがて、ガスマッチが来た。柄の先から、引き金一つで火が出る。マッチの練習はいらなくなった。私は安堵した。折れた軸を掃く時間が消えて、火傷の心配も減った。アルコールランプの箱は棚の奥へ下がり、中段にガスマッチの箱が並んだ。安全になった。それは確かなことだ。
そして今、手前の棚には電気の実験用コンロが並んでいる。IH だ。火は、もう出ない。スイッチを回すと、ただ温度の数字が上がっていく。鍋が熱くなっても、上に手をかざしても、炎はどこにもない。割れる心配も、倒して燃える心配もない。子どもたちは、安全な熱で実験をする。これでいいのだと、私は思う。
棚を見渡すと、奥にアルコールランプ、中段にガスマッチ、手前に電気コンロが並んでいる。器具の世代交代が、そのまま棚の地層になっている。注文書を書きながら、私は消耗品のリストから、いくつもの品目に線を引いて消す。芯。アルコール。ホヤ——ランプにかぶせるガラスの蓋だ。もう注文しない。在庫が、最後の在庫になる。
けれど、ふと思うこともある。火を、あんなに近くで見たのは、あの授業が最初で最後だったのではないか。炎の色が、青から黄へと移ること。芯のすぐ上がいちばん熱いこと。揺れる炎に、子どもたちは少し怖がりながら、顔を寄せた。あの距離は、もう来ないのかもしれない。戻せとは言わない。ただ、思うだけだ。
棚の地層は、理科教育の歴史そのものなのだ。何を子どもに手渡し、何を手渡さなくなったか。その選択の積み重ねが、この準備室の棚に静かに眠っている。私はアルコールランプの箱に蓋をして、また棚の奥へ戻す。消えた火を数えるのも、準備室の助手の仕事なのだと、いまでは思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。