水揚げの、朝(第二稿)
缶詰の味は、工場に届く前に決まっているという話

キサラギレナ(33歳・水産缶詰工場の品質管理11年)

ラインで私が出す合否の半分は、もう朝の市場で決まっている。十一年やって、それが分かるのに何年もかかった。断面を切る前に、半拍を聴く前に、勝負はサバが船を降りるところで始まっている。

秋のサバの最盛期は、まだ暗いうちに始まる。私は買い付け担当について、月に何度か市場に立つ。競り台の床は氷の解けた水でいつも濡れていて、長靴の底が滑る。発泡の箱が床に並び、その一つひとつに氷漬けのサバが背を上にして詰まっている。仲買人が箱の前をしゃがんで歩き、札を出していく。買い付け担当の歩く速さで、今日の入りが良いか悪いかが分かる。

札には、缶のサイズが透けている。うちの主力は一八〇グラムの水煮缶で、その缶に身がきれいに収まるのは、一尾三五〇から四五〇グラムのサバだ。大きすぎれば身が缶からはみ、切り落としが増える。小さすぎれば缶の中で身が泳ぐ。買い付け担当は、箱の中のサバの背の盛り上がりを見て、この箱は四〇〇前後だ、と一目で当てる。安く落とすのが仕事ではない。缶に合う一尾を落とすのが仕事だ。

「今日のは良いよ」と、漁師が言う。買い付け担当は、その声を船ごとに聴き分けている。第三明神丸の船頭が「良い」と言ったら、それはまず外れない。別の船の「良い」は、自分の目で箱を開けて確かめてから受ける。誰の、どの言い方が、どれくらい当たるのか。同じ港で揚げて同じ港で詰めるというのは、結局、この聴き分けを何年もかけて貯めることだった。

届いたサバは、まず受け入れの検査をする。芯温計を魚体の真ん中まで刺して、温度を読む。うちの受け入れ基準は五度以下で、五度を超えた箱はその場で戻す。箱の上のサバと底のサバでは、底のほうが氷に押されて一度ほど低い。だから測るのは上の段だ。えらを開けて色も見る。新しいサバのえらは鮮やかな赤で、時間が経つと暗い赤茶けに沈む。目の濁り、えらの色、芯温。この三つのどれかが落ちていたら、脂がのっていても受けない。

豊漁の日は、工場が組み替わる。第二ラインに人を入れ、夜勤を足し、検査の応援を回す。私はその日、芯温計を持つ手が追いつかなくて、応援の子に上段だけ測らせ、自分は色だけを見て回った。不漁の日は、その逆だ。海が出してくれた分しか詰められないから、ラインは半分しか動かない。サバの群れが、工場のシフトを決める。私たちの暦は、海の暦の写しだ。

缶に入らないサバには、別の箱がある。五〇〇を超える大きいのは、フィレの加工に回す箱へ。三〇〇に満たない小さいのは、また別のラインへ。秋のいちばん良い時期、私は受け入れの脇でその仕分けの箱が積まれていくのを見ていた。どの大きさがどこへ行くか、手は迷わない。良い悪いではなく、合う合わないだ。缶に合わないサバは、缶を諦めて、合う場所へ動いていく。

ある朝、第三明神丸でない船の箱を、芯温計が六度で返した。船頭は「良いよ」と言っていた。私は上段をもう一本測り、やはり六度で、その箱を戻した。戻した箱は、私の合否には数えられない。ラインに乗らなかったからだ。十一年で受けた箱は数え切れない。覚えているのは、戻した箱のほうだ。氷の解けた水が床を流れ、六度の表示が消えるまでの、あの一拍を、私はいまも覚えている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。