コゴメタツヤ(53歳・漬物職人31年)
うちのたくあんには、刻み昆布が入っている。代々の隠し味で、ぬかと塩のあいだに、細く刻んだ昆布を散らして仕込む。食べた客の九割は気づかない。それでいい。樽の底に沈んで、誰にも見られないまま、たくあんに粘りと甘みを置いていく。そういう仕事が、樽の中にはいくつもある。
その昆布を、長く同じ問屋から仕入れてきた。北の浜の蔵で寝かせた昆布を、刻んで送ってもらう。先代の親方の代からの付き合いだ。今年、その問屋が代替わりした。継いだのは、私と同じくらいの年の人だという。一度こちらから挨拶に伺うのが筋だと思い、北へ向かった。発酵の縁が、また一つつながっていくような気がした。
蔵の戸を開けて出てきたのが、ニノヘアオイさんだった。五十四歳、昆布問屋を三十二年やっているという。私より一つ上で、職に就いた年もほぼ同じだ。名刺を交わし、奥の帳場で向き合った。電話とファクスでしか知らなかった相手と、初めて顔を合わせる商談だった。茶を出され、まず今年の浜の話から始まった。
漬物に入れる昆布は、出汁用とは選びが違う。出汁用は、煮て旨みを引き出す昆布を選ぶ。私たちが欲しいのは、煮ないで、樽の中でゆっくり漬かる昆布だ。条件は二つ。粘りと、厚み。粘りのある昆布は、刻んでもたくあんの水を抱き込んで、にじむように甘みを移す。厚みのある昆布は、半年の仕込みでも溶けきらず、最後まで仕事を続けてくれるのだ。
ニノヘさんが、蔵囲いを見ていくかと言った。昆布の蔵は、私の漬物蔵とは空気が違った。私の蔵は、樽から上がる水の匂いで湿っている。こちらは乾いていて、けれど芯のところにわずかな湿りがある。昆布を寝かせるには、乾きすぎても湿りすぎてもいけないのだという。湿度を一定に保つ、その勘どころのようなものが、蔵の壁に染みているように感じられた。
束ねた昆布の前で、私たちはしばらく立ち話をした。ニノヘさんは、この蔵で昆布を二年、三年と寝かせると言った。私は、樽を半年寝かせると言った。寝かせる年数を口にし合っているうちに、おかしくなってきた。二人とも、時間を商品にしている。時を置くことそのものに値をつけて、生計を立てている。そういう同士だったのだ。立ち話は、淡々と続いた。
帰りぎわ、ニノヘさんが一束を手に取って、これを試してはどうかと言った。この浜の二年物で、例年送っているものより一年長く寝かせた昆布だという。粘りが一段深い、と。値は少し張る。けれど、次の仕込みで一樽だけ、これに替えてみてはどうかと言うのだ。私は、その一束を持ち帰ることにした。
蔵に戻って、その昆布を刻んでみた。例年のものより、刃に重く残る。指で揉むと、糸を引くような粘りが立った。これを一樽の底に散らせば、半年後、どんな粘りと甘みがたくあんに置かれるのか。まだ分からない。分からないから、一樽だけ試す。残りの樽は、例年どおりにする。
仕込みを終えて、石を載せた。一樽だけ、底に二年物の昆布が沈んでいる。食べる客は、やはり気づかないだろう。樽の底に沈んだ昆布の仕事は、誰の目にも触れない。時間を商う二人の蔵が、ひとつの樽の底でつながっている。その底の仕事を見届けるのも、また私の仕事なのだと思う。今日も石は、静かに沈んでいく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。